PHOTO YODOBASHI

ヨドバシカメラ公式オンライン写真マガジン

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思い描く世界、その向こう側に行くために
中西敏貴の場合。

これまで何冊もの写真集を作ってきました。僕にとって写真集とは、その都度思い描く世界を表現する一つの形です。しかし意識的に表現する以上の何かをもたらしてくれるもの、それが写真集だとも思っています。それは見出しにもあるように「向こう側へ行く」ということなのです。いや、「向こう側へ連れて行ってくれる」と言うべきか。撮りためた写真をテーマに沿って並べ表現することは写真展などでも同じことですが、写真集となると、あの小さな冊子の中に物事を積み重ね、物理的な空間ではなく見る人の脳裏に広がる世界を描きつつ構成を考えていくことになります。これは大変に濃密な作業だと常々感じます。結果として自分自身が考えていた表現とはまた違う何かを感じたり、考えさせられたり、次の道筋が見えてきたりすることが、これまで本当にたくさんありました。また、これまで送り出してきた写真集が新たな起点となって物事が動き始める、そんな経験を重ねてきました。たった1カットの写真も表現の形ですが、カットを組み上げて写真集にまとめあげるのも、またひとつの形。まとめあげる過程で、とても気に入ってたカットが意味が失われて見えたり、それまで気にもとめていなかったカットが急に意味を帯びるように感じられたり。僕にとっては、あらゆる意味で「向こう側へ連れて行ってくれる」のが写真集という表現の形なのです。そこで、これまで送り出してきたいくつかの写真集と、出すことで起きたこと、自分の中での変化などをざっと振り返ってみます。写真集そのものを、または、いつか自分の写真集を作り上げてみたいと興味をお持ちの方の参考になれば幸いです。

光の彩(ひかりのいろ)

中西敏貴 - 光の彩(ひかりのいろ)僕がまだアマチュアだった時代に撮りためた写真だけでまとめられた最初の写真集です。学生時代に美瑛という本当に美しい場所に出会い、その美しさをフレームすることだけにフォーカスしていました。休みの日に足繁く撮影に通い、出版社に撮りためた作品を持ち込み出版が決まった時、長年思い浮かべていた写真家としてのスタートラインにようやく立てたと感じました。同時に、自分の写真集が世間の本屋さんに並ぶという長年思い描いてきた一つの形が実現しました。この本がきっかけで、キヤノンギャラリー銀座/梅田という場所で写真展を開催する道筋をも作ってくれました。

ORDINARY/ 美瑛 光の旅

中西敏貴 - ORDINARY/ 美瑛 光の旅前職で勤務している頃から美瑛町に家を建て、写真家として生計を立てられる目処が立たないうちに大阪から実際に移住しました。その後、プロとしてはじめて出した写真集です。アマチュア時代、限られた時間とお金の中で撮影を重ね、毎度後ろ髪を引かれながら美瑛をあとにしていました。移住後は将来に対する不安は当たり前のようにありましたが、毎日好きなだけ撮ることができる喜びに包まれ、この地に根を下ろしたからこその写真を目指し、この地に感じる美しさと徹底的に向き合い、撮り逃がさぬよう駆け回った結果の一冊になっています。また、風景写真の一般的な様式として四季で写真を組んでいくという形がありますが、この写真集ではあえてそのセオリー的なものを外れて、様式美や構造美という軸で構成した実験的試みが織り込まれた写真集となりました。結果として、リコーイメージングスクエアをはじめ全国で巡回展的な展開の機会へと、この写真集が導いてくれました。また「美瑛 光の旅」はORDINARYとほぼ同じ時期に並行で企画した一冊。みなさんが想像する典型的な美瑛の丘の景色でまとめ、ガイドブック的な要素も織り込みました。美瑛の丘を美しく見せてくれるのは光と影。最初に出版した「光の彩」をアップデートするような内容かもしれません。

DESIGN

中西敏貴 - DESIGNキヤノンのDreamLaboという印刷機を使って写真集を制作するお誘いをキヤノンさんからいただき、それまでのいわゆる一般的に書店に並ぶ写真集出版とは違う、小ロットかつ高額な写真集を作りました。企画に沿った制作とはいえ基本的には自費出版と変わりがありません。ありがたいことに即時完売することになりました。内容的には前作のORDINARYの試みをさらに推し進め、美しい景色を構成する造形や構造、織りなす様式についてフォーカスしています。写真集を追いかけて写真展も開催、これまでの風景写真における写真集や写真展のあり方とは違うアプローチを試みたのですが、実際の反響に安堵すると同時に、一般的な出版形態でない以上コストがそのまま跳ね返ってしまうわけで、それが完売した事実に自信を持てた取り組みでした。

FARMLANDSCAPE

中西敏貴 - FARMLANDSCAPE写真家を志すきっかけになった美瑛、その景色を作っているのは農家の皆さんです。これまで美しい景色をフレームに収める傍ら、その景色の中で働く人々にもレンズを向けてきました。美しい景色をフレームすることに一定の充足を感じたこともありますが、この景色を作り上げている人々や物事を捉えてみたくて作り上げた一冊になります。また、写真家としての表現のモチーフであり続けてくれる美瑛という場所へ、ささやかながら恩返しの気持ちもありました。時を同じくして、美瑛に訪れる観光客と農家が共存するための様々な取り組みにも力を入れ始めました。この場所がどのようにして在るのか、そして、いつまでもこの美しい景色が在るためにはどうすればよいのか。この写真集が、ある意味プレゼンテーションの役割を果たしてくれればと願い、制作しました。作家としては、風景を作り上げる物事や要素にスポットを当てる、表現という行為を立体的に考える機会となりました。

カムイ

中西敏貴 - カムイ一言で表すならば、景色の中の「気配」がまとまった写真集です。これまで美しい景色そのものを追いかけて捉え、それを掘り下げ、様式美や構造美に照らし、景色を作り上げる周辺にスポットを当てるといった表現の変遷の中で、美しいと感じるこの景色の本質は一体何なのか、それを追い求める気持ちが高まっていきました。険しい山々に取り囲まれる丘、そこに流れ込む大気、猫の目のように移ろう空、だからこそ生まれる刹那的な光と影。この場所はあらゆる自然現象の箱庭のようなもので、真っ黒な雲が垂れ込めていたかと思えば光一閃、後ろを振り向けば真っ黒な空に絵にかいたかのような鮮やかな虹がアーチを描きます。夏は山々が湿気を丘に留めることで日の入りに燃えるように空を染め、冬は何もかもを凍てつかせ、あらゆる音を消し込んでしまうほどに高く積もる雪が景色を一変させます。幻日やサンピラー、ダイヤモンドダストと、本当にこの場所には神が宿るかのようです。誤解を恐れず記すならば、この地を作り上げた「なにか」の息遣いを捉えられないかとアプローチした写真集となっています。
» フォトヨドバシ:美瑛の景色を突き詰めていくと、気がついたらカメラを持って「山」に居た。- 写真家・中西敏貴インタビュー "写真の履歴書"


表現とは、作品から手を離す行為だと思う。
離れていかない限り、新たなものは呼び込めない。

冒頭の通り、写真を組み上げ一冊の本にまとめる行為は毎回本当に大変な作業です。できる限り多くの人々の顔を思い浮かべてその分母を頭の中で増やしつつ、それはつまり伝わるようにはどうするのかを考えるわけですが、一方で自分には伝えたいことがあるわけで、伝わるであろうこと、伝えたいこと、かけ合わせたときの伝えたいことの純度・・常に振れ幅大きく逡巡することになります。組み立てが進むにつれて収斂していくわけですが、振れ幅が小さくなると今度は自分がやっていることを信じていく作業に変わっていきます。やがていわゆる「無心」という状態に行き着きますが、この過程を超えていかないとほんとうの意味で作品が自分の手から離れていかないのかなと思います。振り返れば、これまで送り出してきた写真集が、写真家としての今の僕へと繋がっています。送り出す度に、思ってもいなかったような機会に恵まれ、様々なシーンに導いてくれました。写真が好きで、寝ても覚めても写真のことを考えているのであれば、一度ご自分の作品をまとめる写真集という表現の形は取り組んでみることをおすすめします。僕のように写真表現を生業とするわけではなく趣味として楽しまれていたとしても、写真を組むという行為、それを考えることは、明日の1カットに色濃く影響を及ぼすのではないかと思います。僕も一冊そしてまた一冊と作り上げ送り出すたびに、写真表現の奥深さに触れています。

さて話は変わって、既に次作の制作に取り掛かっています。これまで基本的に出版社へ企画を伝え出版し、一般書店に配本される、いわゆる一般的な形で写真集を送り出してきましたが、少し違った形で写真集を作り上げられないか検討しています。たとえば完全なる自費での出版です。出版社から出版する場合、当然様々なファクターとプロセスの中で組み立てられるため、自分自身でコントロールできることは大きくありません。逆に自費での出版となると、価格やコスト等を含めた全体のパッケージングから、紙、印刷、装丁、宣伝、配本、販促などあらゆる物事を自分でコントロールしなければなりません。一方で、昔と違って自分の写真作品を世に送り出す手段は広がってはいます。一般的な出版形態であれば、様々な人々や要素が写真集に関わってくるため、それ故の良さはあります。たとえば自分ひとりでは難しい「客観視」という要素です。しかし全てを自分自身でコントロールすることで、それこそ「向こう側」へ行けないかと思いもするのです。実は既にラフというかサンプルの手作りブックまでは進んでいます。つまり表現したいことがあって、次の「手の離れ方」を模索している毎日です。

写真集をつくる、ふたりの男の話
「写真を組む」という表現の面白さ

写真集をつくる、ふたりの男の話

( 2021.09.30 )

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