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vol.4 雌阿寒岳

Text & Photo by 中西 敏貴

山が好き、登山が好き、とにかく山に行きたい。そんな山好きのみなさんには大変失礼なのですが、筆者的な本音をいうと「辛い」。2、3時間のウォーキングならいざ知らず、8時間以上も不安定な登山道を歩き続けるなんて昔は考えもしませんでした。そもそも、それほど時間をかけていても写真的な撮れ高は少ないのが現実です。効率だけを考えれば、車で撮影して回る方がずっといいに決まっています。そんなわけで、毎回登山を開始する直前までは悶々としていることが多いのが現実。
ではなぜそんな辛いことをしているのか。答えはただ一つ。写真家としての興味の根が深くなっていくことで、知りたいという欲求が増大してくるから。表現者たるもの、興味という根源的な欲求には逆らえないものなのですね。

© TOSHIKI NAKANISHI

そんなわけで今回選んだ山は「雌阿寒岳」です。約2万年前の火山活動によって誕生したといわれ、今もなお活発な火山活動の続く山。北海道では人気の山ですから、登山道の整備も進んでいます。標高は1,499mとさほど高くは感じませんが、登り始めの標高が低いので思った以上に距離を感じる登山になりました。今回はその模様をお届けしたいと思います。

© TOSHIKI NAKANISHI

前日まで冷たい雨が降っていたこともありどうなることかと心配していたのですが当日の朝は快晴。天気予報を見ても夕方まで雲が広がる感じもありません。安全登山が信条の筆者としては最高の登山日和になりました。まだ誰もいない駐車場で支度を整え、早速入山します。今回の予定は山頂周辺での撮影も計画しているのでかなり早めのスタート。登山口の森の中はまだ日が差さず薄暗い中での出発となりました。

© TOSHIKI NAKANISHI

登山者名簿に記名をしようとページを開くと、案の定今日の一人目。まだ誰もこの登山口からは登っていないというワクワクと少しの不安を抱えながら、ゆっくりと歩き始めます。このゆっくりと、というところが肝心で、長く歩き続けるためには最初のペース作りが重要になってきます。登り始めの頃ってまだまだ元気ですからついペースを上げてしまいがち。でも、そのしわ寄せは後半になって襲ってくるのです。だから、最初から最後までできるだけ一定のペースで歩き続けることを心がけます。ウサギとカメの話に例えると、カメで歩くのが正解と言えるのです。

© TOSHIKI NAKANISHI

© TOSHIKI NAKANISHI

原生林の中をゆったりと。当然ですがカメラは準備済み。森の気配を感じながら、時に撮影をしつつ、少しずつ標高を上げていきます。撮りたいものが次々と現れるのですが、今日の目的は山頂付近ということで心を鬼にして先に進むことにします。

© TOSHIKI NAKANISHI

© TOSHIKI NAKANISHI

今回の登山道ではこういった看板が設置されており、自分がどのあたりにいるのかということが視覚的にわかるようになっていました。きっと登山者への配慮だと思うのですが、個人的な感想としては、残りの距離を突きつけられるようで思いの外辛い。まだまだ頑張れよ、といわれているような感覚です。
とはいえ随分と視界が開けてきました。もう少しでハイマツ帯を抜け、火山地帯へと入っていきます。

© TOSHIKI NAKANISHI

ハイマツ帯に入ったあたりから様子がおかしいと感じていたのですが、なんと昨日の雨が凍りつき全山雨氷となっていたのです。登山口から見えた山頂付近がなんとなく白いように見えていたのはこれが原因だったというわけ。まさかの条件に思わず感嘆の声を出してしまいました。とはいえ、これが北海道の山の恐ろしさでもあります。北海道の山々はたとえ標高が低くても本州のさらに高山と同じような気候帯。決して油断はなりません。ましてや筆者の場合はソロ登山ですから、安全に帰ることを肝に命じてさらにペースを落とし、ゆっくりと山頂を目指すことにしました。

© TOSHIKI NAKANISHI

次第にハイマツもなくなり、岩場だけの登山道へと変化しました。そしてその岩までもが凍りついてしまっています。幸いなことに登山道は凍っていなかったのでアイゼン装着の必要まではありませんでしたが、本当に驚くべき気象条件です。いつも思うことなのですが、こんな光景、下界にいたら見れないのですよね。汗をかき、自分の足で時間をかけて登ってきた人にしか出会えないのです。毎回この瞬間だけは「登山最高!」と思うのですが、山頂はまだまだ先。現実に引き戻されてさらに歩みを進めます。とはいえどこを切り取っても絵になる光景ばかりで、なかなかペースが上がりません。ついには後続の登山者に追い抜かれてしまいました。でもそんなことは気にしません。できるだけ一人きりの時間を楽しむように標高を上げていきます。

© TOSHIKI NAKANISHI

登山口から3時間ほど歩いたでしょうか。ついに噴気孔が見えてきました。雌阿寒岳を中心とする火山地帯です。この山域には複数の噴気孔があり、そのどれもが活発に噴煙を吹き出しています。その姿はまるで映画スターウォーズの舞台のよう。草木も生えない、岩と石と砂だけの世界。そこに雨氷がまとわりついているのですから、これを絶景と言わずしてなんと言うのでしょう。

© TOSHIKI NAKANISHI

やっとのことで山頂に到着しました。遠くには阿寒湖を見下ろすことができる大絶景ですが、活火山のためすぐに下山するよう即す看板が立っているという、ワクワクするような場所です。時間にして4時間ほどかけてゆっくりと登ってきましたが、この大絶景に出会えるのかと思うとその価値は十分にあると思います。特に写真をやっている人ならなおさら。1時間ほど山頂付近にいたのですが、本格的な機材で撮影している人は皆無です。つまり、他に敵なしっていうことなワケですから、個性的な写真を撮ってみたい人はちょっと頑張って登ってみるべきでしょう。

距離7.6km、タイム8時間30分という、体力的には思いの外大変な登山となった「雌阿寒岳」でした。しかしながら、そこには行った人にしか体験できない絶景が待っていたのも事実。歩くことで世界を広げていくという筆者の計画は今回も無事達成することができました。さて次はどの山をめざしましょうか。短い夏山シーズンを楽しむために、また計画を立てたいと思います。

( 2021.08.23 )