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Find a landscape
vol.3 バックカントリースキー

Text & Photo by 中西 敏貴

冬の撮影の楽しみ方を拡張するスノーシュー。少しだけ道路を外れて視点を変えてくれるという意味ではとても重宝します。筆者の場合は北海道へ移住する前から購入し、雪が降れば必ず車にワンセット積んで撮影に出かけるほどでした。普段見ている景色を少しだけ違う角度から見てみる。たったこれだけで、冬の楽しみが倍増するのですから導入しない手はありませんよね。

ところが、さらに行動範囲を広げてくれる道具がありました。スキーです。スノーシューよりも長さがあり、より浮力を得られるので、新雪が深いシーンでも沈みません。なにより、帰りは滑って下山できるという夢のような道具。かつてスキー選手だった筆者ですから、当然その存在自体は知っていました。しかしながら、スノーシューに比べると装備も大袈裟になりそうですし、スノーシューよりも奥が深そうなので、踏み込むことを躊躇していたというのが正直なところなのです。それでもやはり気になる。さらに興味を深掘りし、楽しみを広げたいという思いが募り、ついにバックカントリースキーを導入することに。今回はその初滑りの模様をお届けしてみようと思います。

© TOSHIKI NAKANISHI

すでに冬も終わろうとしているのに、なぜ今頃スキーなのと思われる読者もいらっしゃることでしょう。いやはや、ごもっともな感想です。本来ならばパウダースノーを楽しめるのが理想的ではありますよね。でもそれは滑りをメインに考えた場合。筆者の場合は滑りよりも撮影が主な目的ですから、雪があるうちはまだまだシーズン中という感覚なわけです。そりゃフカフカのパウダーを滑ってみたいという欲求も無きにしも非ずですが、それは来シーズンのお楽しみということで、まずは春の雪で足慣らしといきましょう。

© TOSHIKI NAKANISHI

バックカントリースキーを履いて斜面を登っていくには「シール」という滑り止めを滑走面に貼り付ける必要があります。このシールが優れもので、前には進むのですが後ろには進みません。つまり、結構な斜面でもグイグイと前進していけるのです。これはスノーシューとは全く異なる感覚で、圧倒的に進むのが早い。そして脚を上げずに滑らせていくので案外疲れないのです。これは正直感動しました。いつもなら息が上がり始める時間でも、まだまだ余裕で登っていけるのですから。ちなみに、このシールは簡単に剥がすことができ、また再利用できます。筆者が購入したもので、3シーズン程度は使えるとのことで、案外財布にも優しいですね。

© TOSHIKI NAKANISHI

今回トライした場所は、スノーシューでは行ったことのなかった斜面。なぜなら、距離が長くて帰りの時間を考えるとスキーがあった方がいい場所だから。往復スノーシューの場合、下りも同じくらいの時間がかかってしまいますから、当然その時間を計算に入れた行動計画を立てなければなりません。ところがスキーの場合、下りは滑るだけ。その分奥へとアプローチを長くできるわけですね。ただし整備されたゲレンデではありませんから、それなりの技術も必要です。万全な装備と滑走技術がなければ到達できない場所であることには変わりありませんので、その点は注意が必要です。

© TOSHIKI NAKANISHI

登り始めて2時間ほどで視界が開けました。ここで思わず「おおっ」っと声が出てしまったのですが、それはやはりこれまで見たことなかった光景に出会えたからです。見える角度も違えば高度も違う。スキーで歩かなければ絶対に出会えない場面にこうして出会えたことで、ここまでの体力的な辛さを忘れてしまうほどの感動がありました。スノーシューからスキーに変えたことで飛躍的に広がった行動範囲は、新鮮な気持ちをもたらしてくれたのです。筆者自身はピークを目指す登山をしているわけではありませんが、そのアプローチの途中ですらこれだけの感動が得られるのです。はたして山頂へ行けばどんな光景が待っているのかと、さらに興味が深まっていくのですが、それはもっと技術を磨いてからにしましょう。

© TOSHIKI NAKANISHI

振り返ると下界を見渡すことができました。この高度感です。登ってきたのだという充実感と、帰りは滑って帰れるという安心感が共存する感覚は、普段の登山やスノーシューでは決して味わえないものです。不思議なもので、早く下山できるという心持ちは精神的な余裕を生んでくれ、もう少し進んでみようという勇気が湧いてきます。

© TOSHIKI NAKANISHI

ゆっくりゆっくり登りながら、常に周囲の風景に気を配ります。光の入り方がいつもの斜面とは違いますから、自然に反応できるように心をニュートラルに保ちながら進んでいくのです。当然といえば当然ですが、周囲には誰もいませんから心が乱されることもありません。落ち着いてその風景と対峙していくような感覚、といえばいいでしょうか。

© TOSHIKI NAKANISHI

初滑りにしてはちょっと奥まで来てしまいました。バックカントリーに無理は禁物。登って、滑って、そして帰宅する。ここまで余裕を持って楽しまないと、ただの危険な遊びになってしまいますから、疲れ切ってしまう前に下山です。とは言っても、あとは滑るだけ。斜面を滑落しないように気をつけながら、これまで登ってきたルートを一気に滑り降りることにします。シールを外し、ブーツとビンディングを滑走モードにチェンジ。サングラスをゴーグルに変え、ヘルメットも装着して斜面に「ドロップイン」。あっという間に登山口に到着です。

また新しい世界を見てしまいました。車で移動しながら被写体を探していたころとは、「効率」という点では比べるべくもありませんが、「発見」という意味ではこちらの方が楽しいのです。車の速度ではなく、歩く速さでしっかりと風景を見つめる。ゆったりとした流れの中で自然と対峙し、その場の光をすくい取るように写真を撮っていく楽しみが、バックカントリーにはあるようです。北海道といえどもすでに雪は硬く締まっており、滑りづらいところもありましたが、それでも十分に堪能することができました。これを踏まえ、来シーズンは超パウダースノーの時期に再チャレンジしてみたいと思います。果たしてこの連載で何座登れるのでしょうか。これから楽しみでなりません。

( 2021.04.07 )