PHOTO YODOBASHI

ヨドバシカメラ公式オンライン写真マガジン

SORI - 新宿光學總合研究所

  • 本稿は、写真用レンズについてより深い理解が得られるよう、その原理や構造を出来る限り易しい言葉で解説することを目的としています。
  • 本稿の内容は、株式会社ニコン、および株式会社ニコンイメージングジャパンによる取材協力・監修のもと、すべてフォトヨドバシ編集部が考案したフィクションです。実在の人物が実名で登場しますが、ここでの言動は創作であり、実際の本人と酷似する点があったとしても、偶然の一致に過ぎません。
  • 「新宿光学綜合研究所」は、実在しない架空の団体です。

3群5枚目  レンズに込められた設計者の想い
続・やっぱり単焦点が好き

まず再三、話に出ているように「より明るく、明るさの割にはより小さく」できるのが単焦点レンズの強みです。

原田
2号

承知しております。

そして、その「強み」は、もちろんこのレンズにも生かされております。

原田
2号

んー。そこなんですよねえ。先ほども引用した原田さんの「これでも限界ギリギリに小さくした」という言葉の意味はもちろん理解できるんですけど、でも実際問題、これが「限界ギリギリ」とはどうも・・・。

ちょっとお聞きしますが、「いいレンズ」って、どんなレンズだと思いますか?

原田
2号

うーん、それは一概には言えませんね。

ですよね。 「いいレンズ」の定義なんて、使う人の数だけあります。それは作る側だって同じ。メーカーによって、いやそれどころか、設計者によっても「いいレンズ」の定義は違う。

原田
2号

でも「いいレンズ」として当然クリアされているべきハードルはありますよね。例えば解像力とか、収差とか、シャープネスとか。

おおっ、それはもう、答えを半分言ってくれたようなものですよ。

原田
2号

ん? どういうことですか。

いま言われた解像力とか収差、シャープネスのような、測定値で優劣をつけられるものを良くするだけなら、もっとずっと小さくできるんです。でもそこだけ掘った先に、何がありますかね? それらに関しては、どこかで限界がきます。もちろん極めて大事なことではありますけど、無限に良くしていけることではないですから。

原田
2号

前回の最後を思い出しますね。

たとえば、Leitz Elmar 50mm F3.5というレンズがあります。ライツというのは現在のライカ。実に100年前の、笑っちゃうほど小さな、ごく簡単な作りのレンズですが、私はこのエルマーが、現代でも完璧に通用するレンズだと本気で思っているんです。

原田

PHOTO YODOBASHI

これがエルマーです。ちっさ!

PHOTO YODOBASHI

何本持っとんねん。。

2号

ええ、確かに名玉だと思います。でも今でも通用するというのは、ちょっと言い過ぎじゃないですかぁ? 原田さんはオールドレンズマニアですから思い入れがあるのはわかりますけど、要するに「今のレンズにはない、ノスタルジックな味わい」みたいなことでしょう?

オールドレンズの魅力がその程度のことだったら、私はここまでハマらなかったでしょうね。確かに、測定値的な「性能」と呼ばれる部分に関して言えば、現代のレンズほど良好ではないと思います。

原田
2号

でしょうね。

でもね、われわれがレンズに求めていることって、本当は何なんだろうって、エルマーを使ってみると考えさせられるんですよ。

原田
2号

それはいったい何ですか?

「ファインダーを覗いた時に、私には被写体がこんなふうに見えている。だからその通りに写って欲しい」って、ただそれだけのことなんじゃないですかね、実は。その願い通りの写りをしてくれた時に、そのレンズに対する満足と感動が生まれる。

原田
2号

「被写体をリアルに」じゃなくて、「自分に見えているように」がポイントなのね、きっと。でも決して小難しい話ではなくて、極めてシンプルなことのように思える。

本当に大事なのは、レンズを使うのは測定器ではなく、人間だってこと。写真は人間が五感を研ぎ澄ませて撮るもの。そして写真を見る時も、視覚だけで認識しているわけではなく、ましてやカタログにあるスペックで判断しているのでもなく、やはり五感で感じ取っていると思うんです。そういう人間の偉大な知覚能力と写真の関係について、ニコンは、あるいは原田は、どう考えているかってこと。

原田
2号

もはや哲学の領域ですね。

でも作り手の哲学が感じられない商品なんて、つまらないじゃないですか。世の中には作り手の哲学がこもった商品がたくさんあります。私は、そういうものには喜んでお金を払います。

原田
2号

このレンズもそういう商品だっていうことですよね。

というわけで結論。このレンズの大きくなった部分には、ニコンの「いいレンズとは何か?」についての哲学がぱんぱんに詰まっているんです。

原田
2号

なるほど、納得いたしました。で、その哲学というのは?

よろしい。ではこれから、それをお話しします。

原田
2号

あっ、やっぱりちょっと待った! たぶん、長くなりますよね(半笑)。 このあと、それをお聞きするチャンスがあると思うんで、ここはいったん・・・

馬橋所長

さて、疑惑がひとつ解明されたところで、原田さんが担当された「NIKKOR Z 50mm f/1.2 S」と、町田さんが担当された「NIKKOR Z 85mm f/1.2 S」のお話を聞きましょう。

4号

じゃあ、まず原田さんの50mmから。とは言え、発売されてすぐにインタビューをしてるんですよね。

3号

ああ、あの「集中力が続かないから最初のアイディア固めに3日以上かけない」ってやつでござるな。

え? そこ? もっといい話をいっぱいしたと思うんだけどなあ。

原田
2号

というわけで原田さん。さっきの哲学の話も絡めて、あの時のインタビューで話していない開発秘話をひとつお願いします。