PHOTO YODOBASHI

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SORI - 新宿光學總合研究所

  • 本稿は、写真用レンズについてより深い理解が得られるよう、その原理や構造を出来る限り易しい言葉で解説することを目的としています。
  • 本稿の内容は、株式会社ニコン、および株式会社ニコンイメージングジャパンによる取材協力・監修のもと、すべてフォトヨドバシ編集部が考案したフィクションです。実在の人物が実名で登場しますが、ここでの言動は創作であり、実際の本人と酷似する点があったとしても、偶然の一致に過ぎません。
  • 「新宿光学綜合研究所」は、実在しない架空の団体です。

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From: Hiroki Harada
To: Subscribers
Subject: 「交換レンズは3本まで」という法律について
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新宿光学綜合研究所の原田壮基です。
いつもお世話になっております。

「交換レンズは3本までしか所有してはならない」という法律ができてしまったとき、私が残すレンズとその理由ですか?!

これは天下の悪法ですね!覆さないと世界が混乱します。

それはそれとして「無人島に持っていく1冊の本」みたいでこれはとても魅力的なテーマです。マウント別に書きたいぐらいです。

このお題では「交換レンズは3本まで」としか書いていなくて「どんな交換レンズか?」が定義されていないので、新しいレンズやオールドレンズは別腹で所有してよいと解釈します(笑)。となると、それらの組み合わせで面白い世界が広がりますよこれは。

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まず最初に、個人的にどうしても手放せないスペックがあります。


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1本目  35㎜F1.4
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新宿写真光学研究所 - © Hiroki Harada
私の標準レンズは、35㎜です。その次が50㎜。私が日常撮る写真の大半はこの2本があれば十分賄えます。だからこそ、描写の異なる35㎜と50㎜を大量に持っています(矛盾)。

また新宿光学総合研究所でお分かりのように、レンズの本質は光を集めることにあります。より多くの光を集めるのが本道。明るければ明るいほど良い!ゲーテもそう言っています。もっと光を! Mehr Licht!

ということで明るい35㎜、特に35㎜F1.4のレンズが大好きです。

各社の使ってみたい35㎜F1.4のマウントのカメラを入手して一通り試してきました。その中でも特に好きなのが、NIKKORの35㎜F1.4(NIKKOR Auto~New NIKKOR~AI NIKKOR~AI-S NIKKOR)とレンジファインダー用の初代ズミルックス35㎜F1.4(特に、眼鏡付き)です。

この両者は収差によるフレアが大きいことで有名ですが、それがツボに嵌れば他のレンズでは表現できないような良い雰囲気の画像を出してくれます。特に人物や近距離の被写体を撮った時は何とも言えない立体感を感じさせてくれます。プリントや画面に「そこに人が生きている」。人の肌の柔らかさが表現されます。他に代えがたい。それは単にフレアが大きいということではなく、両者ともに解像力はちゃんとあり芯がしっかりとある描写をしつつ、描写を柔らかく見せるフレアが奇麗にベールのようにかぶさっているのです。その結果、描写が甘いのではなく柔らかい。

ちなみに世代ごとの違いが気になってNIKKORは自腹で4本、ズミルックスは借り物含めて5本試しましたが、どれも同じ描写でした。どのバージョンを買っても楽しめますよ。

こういう個性的な描写になった光学的な理由は、レンズタイプのポテンシャルをフレアの補正に中途半端に割り振らなかったからかも?と推察しています。巷でいわれる「特に大口径レンズはコントラスト重視か、解像力重視かのどちらか一方の特徴を持ちやすい」という話は、収差補正のポテンシャルが不十分な場合には顕在化しやすくなります。そんな中で、コントラスト重視(フレアを少なくする)と解像力重視を、想定被写体や仕上がりイメージを明快に狙わずに中途半端にバランスさせようとすると、結局どっちつかずになってしまう可能性もあったはずです。しかしこの2本は開放でのフレアはある程度許容しても、いやそうしたがゆえに、フレアの中の細かい解像には非点収差が少なくて開放からしっかり写ります。またフレアが薄く広範囲に広がっているため、シャドー部にも光が回り込みやすく、結果的にトーンの再現性を向上させてくれたりもします。その結果、窓辺で室内の人を撮った時に窓の外の景色から室内の人の影までをしっかりと再現してくれます。私もモノクロフィルムやカラーネガフィルムでその良好なトーン再現性のおかげで何度も助けられました。

ちなみに現代のレンズはガラスや非球面レンズの進歩、新しいレンズタイプの開発などの積み重ねによってその光学的なポテンシャルが高いのでコントラストと解像力を高いレベルで両立できるようになりました。でも厳密にはそのバランスをどうするかは今でも設計者の考え方によって差がみられる場合があります。そのあたりが現代でもレンズの味として楽しめるところです。この2本、描写の特長が似ているのでNIKKOR 35mm F1.4はズミルックス35mm F1.4と併せて1本とカウントします!

ちなみにこのNIKKORとズミルックスの違いについて、私見ではありますが、NIKKORのほうがモノクロフィルムを使って撮った写りはズミルックスより少し力強い写り、ズミルックスのほうが少し柔らかい写りのような気がして使い分けています。さらにNIKKORは一眼レフ用なので30㎝まで接写できることも万能レンズ感あります。最終的にはコーティングを最新のものに変更されながら21世紀を迎えてもAI-S NIKKOR 35㎜F1.4は販売されていたのでオールドレンズとは呼べませんね。こちらは別腹でよいですか?


新宿写真光学研究所 - © Hiroki Harada

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ニッコール35㎜F1.4


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ズミルックス35㎜F1.4


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2本目  55㎜F1.2
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新宿写真光学研究所 - © Hiroki Harada
先ほど書いたように、私にとっての標準レンズは35㎜、次は50㎜です。特に50㎜近傍はF値別に沢山のレンズが発売されてきました。明るいほうから挙げてみると、開放値がF0.9、F0.95、F1.0、F1.1、F1.2、F1.3、F1.4、F1.5、F1.6、F1.7、F1.8、F1.9、F2、F2.2、F2.4、F2.5、F2.8、F2.9、F3.5、F4、F4.5といったレンズが発売されてきました。だからこれらのレンズを交換して使えば、これらのF値を全て開放絞りで撮影できます!便利!(ちなみに私は以前、某50㎜F0.95をシャッタースピード1/1000秒までしか無いカメラに付けて持ち出した際に開放F値が暗い50㎜を持参し忘れたため、F0.95開放で撮影できる夕方になるまでぼーっと待っていたという悲しいこともありました)

ともかくそういう合理的な理由もあって、我が家には50㎜があふれています(ほぼF1.2、F1.4、F2の50㎜ばかり集まっているので、選べるF値はそのあたりまでです)。NIKKOR Z 50mm f/1.2 S発売直後にニコンプラザでの紹介文に「100本以上の50㎜を計測、実写してきた私も(Z 50mm f/1.2 Sで)撮るたびに驚かされています」と書いたのも大げさではなく、むしろもっと計測しつつ使ってきました。

新宿写真光学研究所 - © Hiroki Harada
そんな中で現時点ではZ 50mm f/1.2 Sが最高に写真的に良い写りだと思っていますがそれはそれとして、他のレンズも紹介させてください。

50㎜近傍でF1.2のレンズを沢山使ってきましたが、まずご紹介したいのはNIKKOR 55㎜F1.2です。このレンズには私、深い因縁を感じています。

昔々、私がまだ高校生だったころ、親戚の形見としてこのレンズ(最終版のAiタイプでした)をお借りしました。写真を始めたばかりの私には、なんだかぼやーっと写るレンズだなーぐらいの印象でした。でも父はとても柔らかい写りでよい、と言っていました。

その後、大学生になったころに初期の金属ローレットのNIKKOR 55㎜F1.2を中古で買ったときは、あー、この写り凄いな、解像線は細くしっかりと写り、その周りに柔らかいフレアがまとわりついて人が綺麗に撮れる!と開眼しました。ユリイカ!同時期に他社の非球面を使った55㎜F1.2も使っていましたが、こちらはもう少しフレアを抑えた代わりに解像線はちょっと太め、トーン再現で立体の丸みを表現していました。同じ55㎜F1.2 でもその差が面白く感じ、大口径標準レンズをいろいろ試し始めました(今にして思うとまだギリギリ、いわゆるレンズ沼から引き返せる頃でした。でも、引き返さなかったのです。だから今があるのです。よかったよかった)。

また、大学3年生の時、1996年にニコンF5が圧倒的なハイスペックと¥325,000の定価で発売され、凄いなあと憧れました。ただそのカタログで唯一納得できなかったのが、そんなハイスペックのフラッグシップカメラが従来の50㎜F1.4が標準レンズとして販売されていたことです。当時のニコンにはハイスペックなAF標準レンズはなかったのでそれは仕方ないのですが、なんだかアンバランスに感じて「あーもっと凄い最新の標準レンズが欲しいなあ」と強く思ったことを今でも鮮明に覚えています。それが後年、Zマウントで50㎜f/1.2 Sを設計することになったのですから、なんらかの因縁を感じました。

この2本、一見した写りは違っていても根底にある何かは共通していると思っていますので、同時に試してみながらそれぞれの良いところや使いどころを想像して楽しんでもらいたいです。私もそうやって楽しんでいます。ということでNIKKOR 55mm F1.2はZ50mm f/1.2 Sと併せて1本とカウントします!


新宿写真光学研究所 - © Hiroki Harada

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ニッコール55㎜F1.2


新宿写真光学研究所 - © Hiroki Harada

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Z50mm f/1.2 S


無事に2本までは決まりましたが、さて最後の1本が難しい。35㎜、50㎜に並ぶほど使っているものって思いつかない。自分が設計担当したということもあり、AF-S 24-70㎜f/2.8GやAF-S 24-70㎜f/2.8E VRは割とよく使うし、AF-S 24㎜f/1.4Gも使う。85㎜F1.8、90㎜F2、100㎜F2、DC NIKKOR 135㎜f/2 Sや各社のマクロレンズも使う、悩ましい...

そんな中で、あえてといえば、


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3本目  レンジファインダー用のF≦1.2の50㎜レンズ
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新宿写真光学研究所 - © Hiroki Harada
ですかね。あれ?さっき2本目で55㎜F1.2って書いてなかった?って言われそうですが、あれは一眼レフ用レンズですから!レンジファインダー用じゃないですから!!

ご存じの通り、日本のメーカーがカメラやレンズをドイツのコピーから脱却しつつあったのは1950年頃からでしょうか。当時の日本の各メーカーは、超大口径レンズの開発競争を繰り広げていきました。特に50~60㎜でF1.1~F1.2という世界的にも明るいレンズ競争の末、最終的にはF0.95まで到達しました。この理由は、当時のフィルム感度が低かったのもありますが、それ以上に敗戦国の意地を高性能な明るいレンズの開発で世界に誇示したかったのかな?その過程で大口径レンズの代表的なレンズタイプだったガウスタイプ、ゾナータイプを発展させた新しいレンズタイプが国産オリジナルタイプとして生まれました。令和の今、当時よりはるかに高性能なフィルムやデジタルカメラでそれらのレンズを試してみると、外国のもっと暗いレンズと比べても立派な写りです。なんというか心を揺さぶられるんです。当時設計に関わった方々の雑誌での座談会を読むと、ボケ味の研究とその対応も配慮されていたというのですから世界的にもとても先進的なものだったことが分かります。その後は日本のレンズが世界を席巻していくので、これらの超大口径レンズ競争のメーカーの心意気は十分実を結んだ(商売的にはともかく、設計、製造的には)といえると思います。そんな当時の光学メーカーの奮闘ぶりがわかるこれらのレンズ群、私にはそのどれか1本を特別視することはできません。すべて素晴らしい人類の遺産です。個別に評価するよりもこれらをひとまとまりの輝かしいものとして1本カウントでお願いします!やはり明るいレンズの開放描写には人類のロマンがあります。


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ズノー50㎜F1.1


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フジノン50㎜F1.2


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ゾンネタール50㎜F1.1


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ヘキサノン60㎜F1.2


ここまで書いてよく考えたら35㎜、50㎜の次に愛用しているのは二眼レフの80㎜F2.8でした。これはフィルムフォーマットも違うし、カメラから外して交換できないのでここでいう交換レンズとはみなさず、いくつ持っても大丈夫と考えています。そういう意味ではレンズシャッター方式のカメラにも大好きな描写をするレンズが沢山あるので、交換レンズは3本までしか所持できなくなっても安泰です。よかったよかった。
まあご存じのとおり最近は古いラジオにも興味津々で、放送局ごとに周波数とアンテナを調整したラジオをそれぞれ設置しているので、そちらを3つだけ選べと言われるほうが困ってしまうかもしれないです。そのあたりの話はぜひまた大井町の飲み屋ででも。こないだとはまた別の良いお店があるんですよ。