PHOTO YODOBASHI

ヨドバシカメラ公式オンライン写真マガジン

SORI - 新宿光學總合研究所

  • 本稿は、写真用レンズについてより深い理解が得られるよう、その原理や構造を出来る限り易しい言葉で解説することを目的としています。
  • 本稿の内容は、株式会社ニコン、および株式会社ニコンイメージングジャパンによる取材協力・監修のもと、すべてフォトヨドバシ編集部が考案したフィクションです。実在の人物が実名で登場しますが、ここでの言動は創作であり、実際の本人と酷似する点があったとしても、偶然の一致に過ぎません。
  • 「新宿光学綜合研究所」は、実在しない架空の団体です。

3群5枚目  レンズに込められた設計者の想い
続・やっぱり単焦点が好き

NIKKOR Z 85mm f/1.2 S開発秘話

設計がスタートする時、先行してZ 50mm f /1.2の設計が進んでいて、どういうレンズになるかはだいたいわかっていました。Z 85mm f /1.2も写りの傾向はZ 50mm f /1.2を踏襲する方向で、というのは最初からありました。

町田
1号

ふんふん。

ところがですねえ、「85mm F1.2」って前例が決して多くないんですよ。ニコンにも製品化されたものはない。なので設計する上でどこがポイントになるのかはわかっていても、じゃあそれにもっとも適したレンズ構成タイプはいったい何なのか。

町田
4号

ああ、なるほど。「定石」とか「必勝パターン」がまだないんですね。

で、どうしたかというと、何人もの設計者が「私だったらこうする」という基礎設計の案を、それぞれ考えてみたんです。

町田
3号

へええ。それって、よくやる方法なんでござるか?

設計の初期段階で、いろんなレンズ構成タイプを比較検討することは当たり前にやりますけど、何人もの人が同時に最初の設計をしてみるというのは、決して多くはないです。

町田
4号

で、どんな設計案が出てきたんですか? 「85mm」「F1.2」ということ以外にいくつも要件があって、みなさんそれに基づいて設計されたんですよね? やはり同じような感じになったのかな。

だいたい似たような感じになると思うでしょ? ところがこれがもう、みんなぜんぜん違ったんですよ。

町田
1号

実に面白い。

当然、どれもちゃんと理に適っていて、そのままいいレンズになりそうなんです。そりゃそうですよね。基礎設計とは言え、経験豊富な設計者がしっかり考えた結果なんですから。

町田
4号

で、そこから一つを選んだわけですよね? どうやって決めたんですか? やっぱりその後が楽そうなものとか?

目標性能は妥協せずに達成したいという想いがありましたから、これなら目標に到達できると確信すると同時に、チャレンジングな要素があるものを選びました。

町田
1号

実にニコンっぽい。

商品である以上、大きさ、重さ、価格、発売時期は大事な要件。それらは予めお題としてある程度提示されていました。その上で性能的に満足行くものができそうで、設計的に深掘りのし甲斐があって、なおかつ、われわれにとって大きな一歩となるようなもの。そういう観点から選んだと記憶しています。

町田
4号

「どこがポイントになるのかは最初からわかっていた」と言われましたが、それはどこですか?

いちばんはフォーカスタイプです。AFでは常にここがキモですが、85mm F1.2ともなればかなり大きくて重くなりますから。描写性能とAF性能、これらの目標達成の両立が、このレンズの一番の課題でした。

町田
4号

重いものを素早く動かして、正確に止める。やっぱりそこですか。でも結果的に、すばらしいレンズができあがりましたよね。

このレンズに関しては、何人もの人がそれぞれ設計してみたことが、いい結果に繋がったと思います。それにしても設計者が違うと、同じお題でも発想がここまで違うのかって、レンズ設計の奥深さを改めて思い知りました。

町田
4号

まだ他にもありますよね?

実は、設計を進める上で大いに参考にしたレンズがあるんですよ。

町田
4号

ほう。それは?

DCニッコール*です。
*AI AF DC-Nikkor 105mm f/2D、およびAI AF DC-Nikkor 135mm f/2D

町田
4号

出た! ニコンの歴史に残る名玉! しかしどうしてまた?

Z 85mm f /1.2で重視したのは、解像感と、そしてもちろんボケ味。特にボケについて追求したのは、撮影距離に関わらず一貫したボケ感を維持しつつも、フォーカス位置によって味わいが絶妙に変化すること。具体的に言うと、球面収差だけを出し引きして変化させ、それ以外の収差変動は徹底的に抑えるということです。

町田
4号

ああ、だからDCニッコールなんだ。あれは球面収差だけを変化させて前後のボケをコントールするレンズでしたからね。

しかしこの変化の塩梅がなかなか難しくてですね、球面収差を出しすぎると解像感が低下するし、逆に球面収差が少なすぎても欲しいボケ感が得られない。そのあたりはDCニッコールの試写を行うことでヒントを得ました。また、以前「シミュレータと設計者」の回でお話した「画像シミュレータ」も駆使して、理想の収差バランスを追求しました。いろいろ苦労しましたけど、その甲斐あっていいレンズができたと思います。

町田
2号

ほら、掘れば出てくる。

4号

ごちそうさまでした!

馬橋所長

最後に、やはり「NIKKOR Z DX 24mm f/1.7」の話もぜひ聞いておきたいわ。今のところ、原田さんが手がけた最新のレンズですよね?