PHOTO YODOBASHI

ヨドバシカメラ公式オンライン写真マガジン

SORI - 新宿光學總合研究所

  • 本稿は、写真用レンズについてより深い理解が得られるよう、その原理や構造を出来る限り易しい言葉で解説することを目的としています。
  • 本稿の内容は、株式会社ニコン、および株式会社ニコンイメージングジャパンによる取材協力・監修のもと、すべてフォトヨドバシ編集部が考案したフィクションです。実在の人物が実名で登場しますが、ここでの言動は創作であり、実際の本人と酷似する点があったとしても、偶然の一致に過ぎません。
  • 「新宿光学綜合研究所」は、実在しない架空の団体です。

3群3枚目  そもそもは航空用語だったらしいです
ズーム再考(最高)

ズームにはズームの、単焦点には単焦点の難しさがあるので、一概にどちらが簡単/難しいとは言えませんが、でもやっぱり難しいですよ。そして奥が深い。その理由をひとことで言うと、登場人物の多さです。

原田
2号

登場人物?

例えばこれを見てください。

原田

単焦点レンズ(左)とズームレンズ(右)のレンズ構成
単焦点レンズ:NIKKOR Z 40mm f/2、 ズームレンズ:AF-S NIKKOR 180-400mm f/4E TC1.4 FL ED VR(内蔵テレコンバーター使用時)

1号

ああ、もう、一目瞭然だね。

2号

なるほど、「登場人物」ね。

単焦点レンズがシンプルな短編小説だとしたら、ズームレンズは登場人物がわんさか出てくる長編小説。

原田
馬橋所長

「あれ、この人誰だっけ?」ってなるやつ。

でも小説に登場人物がたくさん出てくるのは、ストーリーを完結させるために必要だからだし、それぞれの行動やセリフも計算し尽くされたものですよね。必要のない登場人物なんて一人もいないし、意味のないセリフだって一つもない。

原田
2号

確かに。

ズームレンズも同じで、こんなにたくさんレンズが入っていても無駄なレンズは1枚もなくて、それぞれのレンズが自分の仕事をきっちり、そして最大限効率的にこなして、やっと1本のレンズとして成立しているわけです。でも、そこまで持っていくのがホントに大変なんですよ。

原田
4号

難しいことはよく分かりませんが、これを見るだけでご苦労をお察しします。

前にも同じことを言いましたが、長編小説こそ「構成力」がものを言います。そこが弱いと、読んでいる方は内容がさっぱり分からなくなる。レンズも同じ。

原田
3号

具体的にはどのへんが大変なんでござるか?

まず、どうしてズームレンズにはレンズがたくさん入っているかというと、「どの焦点域でも満足な写りにするため」です。

原田

しかし、そのレンズの多さが、厄介を呼び込むことにもなるわけです。

町田

ある焦点域でバッチリでも、ちょっと焦点距離を動かすとそれが破綻し、それじゃあってんであるレンズに手を加えると、さっきまで良かった焦点距離がダメになる。いろいろ探りながら微調整をして、やっとワイド端とテレ端で満足できるものが作れたと思ったら、今度は真ん中あたりがダメ・・・まさに「あちらを立てれば、こちらが立たず」ですよ。延々とこれの繰り返し。

原田
2号

聞いてるだけで気が遠くなってくる。

前回お話ししたシミュレータのおかげで、調整後どのように結果が変わったか? はすぐに分かるのでその点は良いのですが、「ここをこうするがよい。そうすれば全ての問題は解決されるであろう」みたいな神の声までは聞かせてくれませんからね、シミュレータは。

町田

もしそれができるようになったら、人間の設計者は・・・

原田

・・・ま、まぁそんな感じで、100年前の設計者が想像もしていなかった新たなレンズ設計の苦労を、今私たちがしているわけです。そこでヒイヒイ言いつつも、細かい問題の突破口を一つずつ見つけて、冒頭で言ったような「技術革新」に繋げているんです。

町田
1号

そもそもズームレンズの仕組みってどうなってるんですか?

レンズの内部で、レンズが前後に動いているのは知ってますよね?

町田
2号

はい、それは知ってます。

単焦点レンズの場合、レンズが動くのは「ピントを合わせる」ためです。そしてその動きは比較的単純です。

町田
1号

ピントを合わせるだけですもんね。そこにもいろんな技術が注ぎ込まれているから、「だけ」なんて言ったら失礼だけど。

ところがズームレンズの場合は、「焦点距離を無段階に変える」ためにまずレンズが動き、そこに「ピントを合わせる」という動きが加わる。

町田

ズームレンズの「焦点距離を変える」ためのレンズの動きのイメージがこちらです。単焦点レンズのピント合わせのような単純な前後移動ではなく、焦点距離に応じて、内部の各レンズは複雑な動きをします。さらにここにピント合わせの動きが加わるわけですが、それはもう、イメージ図では表現できない。

原田
3号

次々とカタチを変えるロボットのおもちゃがあるでござろう。最初は人型ロボットなんだけど、パッとカタチを変えてクルマになったり、かと思えば今度は飛行機になったり・・・ズームレンズはアレでござるな。

テレ端の時にはこのレンズが必要だけどワイド端では使わない、なんてことはできませんし、順番を入れ替えることもできない。レンズの大きさや曲率を変えることも不可能。変えられるのは各レンズの位置による相互関係だけ。それだけでまったく違うレンズへ次々とトランスフォーム(変身)させる。まさにそれですね。

原田

かなり高度なパズルですよ、ズームレンズの設計って。

町田
4号

ズームリングを回せば当たり前のように焦点距離が変わって、どの焦点距離でも当たり前のようにきれいに写りますが・・・いやぁ、大変なんですね。

でしょう? 分かってもらえます? この苦労・・・

原田
馬橋所長

実際には、どういう仕組みで各レンズが動いているのかしら?

「カム」と呼ばれる、回転運動を直進運動に変換するパーツを使います。各レンズが設計通りに動くように、このカムが設計されています。

原田

カムが実際に動く様子

馬橋所長

ただの溝が彫られた円筒形の部品だけど、実はめちゃめちゃ精密に作られているわけね。

でしょう?ズームレンズの中身を見ると、その精密メカと光学、電気部品などの競演で興奮しますよ!!!(この後1万字割愛)

原田

レンズの設計って、光学の部分だけでは成立しないんです。光学的にどれだけ優れた設計であろうと、商品として世に出た時に、実際に手に触れたり、操作をするのはすべてメカの部分。メカ設計で「商品としての善し悪し」が最終的に決まってしまうと言ってもいいでしょう。

町田

光学設計者とメカ設計者が常にパートナーであり、二人三脚と言われたりする理由が、なんとなく分かるでしょう? そのあたりもいずれお話しする機会があると思うので、楽しみにしていてくださいね!

原田