PHOTO YODOBASHI

ヨドバシカメラ公式オンライン写真マガジン

で、本題の「贈る言葉」の一つ目は「自分の意見を言う」です。ただ僕のこれまでの人生経験は、写真機材を作って人様に使ってもらうビジネスだけでしたから、皆さんの一部にしか通じないであろうことはご容赦下さい。一部以外の方は二つ目の贈る言葉までスキップして下さい。それも関係のない方は、また逢う日までくれぐれもお元気で。

「駕籠に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋を作る人」のように社会の仕組みが出来ています。現役の人はそのどこかに属していて、駕籠に乗って出世街道をひた走る人、逆に駕籠から転げ落ちたり、ダメな草履を作ってしまって路頭に迷う人もいるでしょうね。僕は長年草鞋を企画開発する仕事をしていましたが、最初は降りてきた案に対して何も考えず単に命令に従っていました。しかしその最中に「これ、ちょっとダメじゃないかな…」と思ったことが何回もありました。上層に忖度があったわけでもないし、決して引っ込み思案ではない性分ですから、それを言わなかった理由はただ一つ、「自信がなかった」ことです。しかし、内心「ダメ」と感じたその企画(あるいはその一部)が、実際に市場で「ダメ」と裁断された時、「もしあの時に…」と深く後悔した訳です。

自信がなかった原因は簡単で、「市場の声」を聴いていないということに尽きました。確かに多くの市場の声は「オフィス」や「机の上」に散らばっていましたが、実際には「現場」にあると思い始めたのです。機材の性格上から現場を大別すると、自分に近い側から「作る現場」、「売る現場」、「使う現場」、「見せる現場」になると思います。さすがに作ってなんぼの商売ですから、多くの人は自社工場や関連工場に足を運んではいるでしょうから、「作る現場」を知るのは最低限のことで、そこから何が得られるかは自明です。

「売る現場」での相手はまずお店の人。大勢のお客様と直に接していますから、なぜ買ってくれるのか(逆に、売れないのか)、どうすれば買ってくれるのかなど、多くの意見がもらえます。しかしいきなりでは「なに、この人?」と敬遠されますから、正々堂々と名刺を出して名を名乗る勇気が必要です。しかも相手は販売の専門家で(多くは)メーカー社員より広範な知識をお持ちです。その方からの意見に「それは担当外です」なんて言おうもんなら、「お前、何しに来た?」とそれこそブチ壊しですから、相応(相当の)の知識を準備して臨まないとなりません。誤魔化そうものなら出入り禁止になって自社への責任も負うわけですから。中にはどうしても問答が出来ず「持ち帰らせて頂きます」と言うこともありますが、後で報告とお礼の言葉を伝えるのを忘れずに。

「売る現場」での次のお相手は居合わせた実際のお客様です。もちろんお店の方の了承を頂いた上でないと、営業妨害になりますから、ご注意下さい。千差万別の話題は、お客様の個別事情が加わってさらに細かく深くなり、しかも昔の機材に話題が移ったり、わらわらと集まって来て井戸端会議のようにもなり、時に吊るし上げを食らって立ち往生…と大変です。

「使う現場」とはプロやアマが写真を撮る現場のことです。何を使っているか、どう使っているか、そっと横からの観察が第一歩。セッティングするのに手を動かす回数や動かす距離が多い機材がダメなことはすぐに分かります。相手が背面モニターを見てニヤッとした表情を見せたらこちらのもの、逆に首を傾げたとしても、名刺を出していろいろお聞きするのです。ニヤッとしたあとはたいてい褒めてくれて気持ちがよいものですが、逆の時の方がいろいろな情報が得られますから、先々に役立ちます。経験上8割はお叱りで残りの2割がお褒めの言葉だと覚悟しています。お褒めばかりだと反省しなくなりますし、少しは褒めて頂かないと仕事がイヤになってしまいますからね。自社機材をお使いの方との問答なら未だしも、ライバル機材をお使いの方に言い寄るためには、そんな機材の知識も必須です。プロもアマも写真を撮っている大事な時ですから、とんでもない修羅場に入り込んでしまって「邪魔だ、どけ!」とけんもほろろの扱いを受ける時もありますが、それは状況を良く観察してタイミングを読むしかありません。

「見せる現場」は撮った作品を見せるという意味ですから写真展が筆頭ですが、それだけでなく雑誌やweb記事なども含まれます。企画からスタートした苦労がどう作品に反映されているかを自ら見る絶好の機会です。時としてここにも作者や他のお客様がおられますから、また名刺を減らし、情報を増やすチャンスなのです。撮影スキルや撮影ジャンルは、場所や時期などで様々ですので、いずれの現場も一か所に行けば十分ということは決してありませんし、一回だけで済むような話ではありません。vol.3でそのような現場で頂いた名刺ファイルを披露しましたが、一般の方からは名刺を頂けませんから、話しかけた人は名刺の枚数以上に上ります。大勢の方の声には、もちろん現状への意見もありますが、ちょっとした呟きから将来へのヒントが多く含まれますので聞き逃さないようにしないと。

『自分の意見を持つ』には、以上のように現場で集めた声をエッセンスに、自分で考えた事項を加えれば百点満点と言う訳でもありません。それが先々市場で受け入れられてこそ、本当にめでたい百点なのですから、繰り返し蓄積していくしかないのです。さて、会社でそれを知ってもらうには、それを「口に出す」必要があります。相手が同階級だったり包容力があれば未だしも、頑迷固陋な階級の上の人が相手では口に出すにも勇気が要りますね。ただ僕の大反省は若い人に対する「言い方」です。根が単純でせっかちですから、常にストレートでした。婉曲な技、もう少し噛んで含めるように言えば良かったのに、と。今更どうしようもないのですが、言い過ぎたり、とっちめたりして済みませんでした。

以上、「草鞋を作る」ことに専念したい人を除いて、参考になれば幸いです。

もう一つは『写真は多くの趣味との親和性が高い』、つまり写真は「つぶしが効く」と言うことです。ネットで「趣味一覧」を検索して眺めて見て下さい。何百種類もヒットして驚くと思います。その中には「写真」や「カメラ収集」と言うダイレクトなものもありますが、写真を必要とする、写真があるとより良くなる、あるいは多少こじつけ気味でも、多くの趣味と写真の相性の良さに気付くはずです。ま、「パチンコ」や「献血」などは除外しますけどね。趣味の過程や完成物を記録したり、人様に披露したりネットで送るために結構重要な役目を果たしているわけです。

昨年度まで芸術学部と工学部の非常勤講師として「デジタル写真」を教えていた時にも、「将来どんな職業に就くか、どんな人生を送るか分からないが、写真を覚えておけば損はない」と威張ったものです。卒業後は当たり前のように写真家になったり、変わり種の代表としては警視庁の鑑識で仕事をしている若者もいます。写真の撮り方は本職の先生に任せ、僕はフィルムや撮像センサーからいろいろな過程を経て作品になるまでの仕組み、カメラやレンズの構成と役目、さらにカメラの分解品を見せたり、スマホのハードウエアを説明したりしました。先の鑑識の若者にしても、その中の何かが役に立っているようですから、教えて損はなかったし、多少なりとも世間に恩返しできたと思っています。

趣味との相性に戻りますが、写真が主体な時だけでなく、文字ばかりでは理解しにくかったり鬱陶しかったりする文章の時には、写真が理解を深める説明役を果たしたり程良いアクセントになってくれているのはご存じのとおりです。例えばこのエリア510はフォトヨドバシの一部ですから文字だけでは成立しないとは言うものの、写真があるとヘタな文章でも意味が伝わると思っています(いました)。そんな考えから、暇を持て余している自粛期間中の作業を写真と文章で表してみました。

まずは見るからにプラスチッキーなエアコンに「壁紙」を貼ってみました。大工さんが残していった壁や天井に使ったほんものですから、テカテカ感が消えて部屋がカラーコーディネートできました。家人に褒められたのに意を強くして、もう一台の同じエアコンにも同様に加工したのですが、甘く見たのかちょっと壁紙に切れ目が…写真は載せません。

Photo by 510

また近所を歩いている時に見つけた猫の足跡にも感心しました。テレビの番組で、ぎっしり並んだ不安定な品物の間を猫が難なく通り過ぎるシーンを見たことがあるのですが、確かに前足の踏み跡を後ろ足が完全にトレースして行くことを知りました。左側の写真のように二本足で歩いたのかと思うほど一直線なのです。しかしこれだけでは終わらず、ずっと先にあるぬかるみでヨロけたようで、そこだけ一瞬乱れて四本脚がばれているのが面白い記録になりました。

Photo by 510

Photo by 510

こんな夏休みの工作や絵日記風の記録や報告(この記事のこと)が気軽に出来るのは写真の有難さだと思います。カメラはもちろんスマホはなおさらですが、これほど写真が気軽に失敗なく撮れるようになったのは、誰が何と言おうとメーカーの努力でしょう。1800年代に発明されたダゲレオタイプ、明治時代の湿板写真をご存じない方はネットで知って欲しいのですが、その頃は完全なプロしか扱えない厄介な代物でした。感光材料で言えば、その後乾板写真、シートフィルム、ロールフィルムと移り変わり、現代は撮像センサーが主流です。露出と焦点の調整など撮影前の準備を簡易化するためにフィルム給送、ストロボ制御、露出調節、焦点調節などが自動化され、ホワイトバランスや手振れ防止が加わり、画像処理が高度化されて、中でもスマホは構えてボタンを押すだけでまず失敗のない綺麗な記録が可能となりました。構図とシャッターチャンスだけは撮り手の感性に委ねられているとは言っても、高画素で撮ってトリミングしたり、何枚もの連写あるいは動画の中から良いのを選ぶなど、もう何でもできる時代です。

しかし不思議なことに、プロとアマチュアが同じ機材を使うのは写真だけではないでしょうか。考えて見れば、それでお金を稼ぐプロの機材を、比較的容易にアマチュアが入手できるのです。他の業界(例えばクルマ、音楽など)では、プロ用とアマチュア用とが厳格に分かれていて、機能性能も価格も全く違っているのです。元々はプロしか扱えなかった機材を、ここまで平易化、安価にしてきたメーカーをたまにはエラいと褒めてやって下さい。

以上のようにこれまで思っていたことを文章にしてみましたが、とても「贈る言葉」には至っていませんね。僕には真面目な話はなかなか難しいようです。また機会がありましたら「楽しくて軽い」内容で再会させてください。それまでお元気で。