PHOTO YODOBASHI
ヨドバシカメラ公式オンライン写真マガジン
高橋俊充 × 中西敏貴
「主観と客観のはざまで」
中西:連絡は時々取り合うけど、会うのは久しぶりですね。
高橋:3年ぶりぐらいかな。
中西:今日は「写真集作り」をテーマに話をするということで、はるばる北海道から石川県までやって参りました。
高橋:こんなところまで、ご苦労様です(笑)。中西さんは、今までに写真集を何冊?
中西:8冊、出させてもらいました。
高橋:それらはどういうタイミングで作ってきたんですか? やっぱり写真展と合わせて?
中西:ほぼそうですね。やっぱり写真展と絡めないと、なかなか、ね(笑)。高橋さんは?
高橋:写真展の回数は中西さんと較べものにならないけど、やはり同じですよ。最新の「Snaps Morocco」だけは写真展と絡めずに単独で出したけど、それはこんな状況で写真展が計画通りにできなかったから。
中西:写真展にしろ、写真集にしろ、「次はこんなことやりたい」っていう欲求が生じた瞬間が出発点になるわけですが、そのあたり、高橋さんの場合はどんなふうにして生まれてくるんですか?
高橋:写真集に関して言えば、過去の3冊は「スナップ」という大きなテーマで貫くという基本方針がまずあって、そのバリエーションとなる要素が撮影地なんですよね。なので時間をかけながらあちこち回って、写真が撮り貯まってくると整理を始めて、すると漠然とテーマが定まってきて、「次はモロッコで、こんな感じで行くぞ」みたいな。そうしたら、もう一度そこへ行くんです。
中西:あ、そうなんだ。ストックだけで構成するんじゃないんですね。
高橋:そうなんです。テーマが決まったら、それを持ってもう一度行きます。もちろん最終的には過去のストックも含めて構成するんですけど、「撮り下ろし」の気持ちを持って改めてファインダーを覗かないことには、何も始まらないし、何も終わらないような気がして。
中西:それは分かりますね。テーマが明確になっているのとそうじゃないのとでは、見える景色が違いますからね。歩留まりとか効率の話ではなく、見えるものの違い。でも高橋さんの場合、大変ですよね。ロケ地がどこも遠くて(笑)。私は時間こそイタリアへ行くのと変わらないぐらいかかっても、とりあえず車で行けちゃうから。
高橋:中西さんはどうなんですか? 昨年の「カムイ」で新たな境地に踏み出しましたけど、作品づくりの出発点からして、それまでとはだいぶ違ったんじゃないですか?
中西:美瑛の美しい風景に魅せられて、それをずっと撮ってきましたけど、ご存知の通り、僕はもともと北海道の人間じゃないでしょう。「よそもの」の視点なんですよね。これはもう、この先どこまで行ってもそう。でも、その視点があったからこそ、自分の写真が撮れたとも思うんです。ところが、来年で移住して10年になるんですけど、やっぱり、すこーしずつ見え方が変わってきてるんですよ。それが「北海道の人間になりつつある」という意味なのかというと、そうじゃない。相変わらず「よそもの」なんです。でも北海道という土地のことを、やっと本当の意味で理解しようとし始めたと言うか、そういう変化があって、その変化の向く先を素直に辿ってみたらああなった。その意味では、確かに今までとは違う出発点でしたね。
高橋:で、テーマが決まって写真が蓄積されると、今度はセレクトに入るわけですが・・・セレクト、好き?
中西:いやいやいや(笑)。あれを好きって言う人はいないでしょ。
高橋:苦労しますよね。
中西:最後、絶対合わないって分かってるジグソーパズルをやってる感覚になるんですよ。いくら悩んでも答えは出ないんだと。だから、最後は信頼できる人、ほとんどの場合はアートディレクターをやってくれる人ですが、その人にお願いしちゃいます。自分でやってたら同じところをぐるぐる回るだけで、永遠に終わらないですから。
高橋:その結果、自分が満足するものが上がってきますか?
中西:そりゃあ、一発目から完璧ということは無いですよ。信頼する人の考え方だからそれは尊重に値するものだけど、だからと言って「すべてこの人の言う通りにしよう」というのとも違います。だから、ちゃんと意見を言います。撮影者としての意見を言って、しっかり話し合って、疑問点をひとつひとつ潰していく。この「意見を言い合える」という状況が大事だと思うんですけど、それはセレクトの方向性を提示してもらったからこそ可能になったわけで、それだけでも他人にお願いした価値はあると思ってます。
高橋:他人の力を借りるっていうことは、つまり、「他人の目」が欲しいわけじゃないですか。
中西:主観と客観ですね。え? この話します?
高橋:しましょう。
中西:写真って、撮る時は100%主観でしょう。ファインダーを覗いている時は無心ですから。それなのに「誰かに見せる」という段になると、「共有」という名の下に客観性が必要になってくる。忙しい合間を縫って写真展に来てくれる人。お金を出して写真集を買ってくれる人。その人たち全員に「行ってよかった」「買ってよかった」と思ってもらうのは難しいとしても、最大公約数的に満足してもらうことは考えなくちゃいけない。写真で食わせてもらっている身として。
高橋:僕なんかは写真展と言ったって規模は小さいし、写真集だって自費出版ですけど、中西さんの場合はもはやプロジェクトですからね。関係する人も多いし、やる前から背負ってるものが大きい。
中西:写真の一点一点にはすでに私の主観が凝縮されている。じゃあ、それをどうセレクトして、どう並べれば「共有」されるようになるのか? そこはポピュラリティーっていうのかな、客観的な視点が必要になりますよね。一人でやるにせよ、他人の力を借りるにせよ。
高橋:で、最後はどうやって着地させるんですか?
中西:結局、これしかない!っていう「絶対解」は最初から存在しないですからね。どうやっても正しいし、どうやっても間違ってる。だから、最後はまさに「折り合い」です。悩んで、悩み抜いて、これでいいのだと信じるだけ。逆に興味があるのは、高橋さんはそれを一人でやってるんですよね? どうやって折り合いをつけてるんですか?
高橋:僕の場合は、自分の中に「写真を撮る写真家の高橋」と「ディレクションをするグラフィックデザイナーの高橋」が同居してるから、その場面に応じて役割を切り替えてます。で、最終的には「グラフィックデザイナーの高橋」がまとめ上げる感じ。
中西:ケンカしないんですか? その二人の高橋さんは。
高橋:どうですかねえ、割と仲良くやってるみたいですよ(笑)
中西:チームワーク、つまり他人に任せることの最大の利点って、その写真にどれだけ思い入れがあろうと、どれだけ苦労して撮ったものだろうと、それを容赦無く切り捨ててもらえることだと思うんですよ。「この写真は要らん」って。その時は「ええーっ?」と思っても、最終的にそれでどれだけ助けられたことか。逆に言うと、一人だとそこへ踏み込めない。それが主観と客観のせめぎ合いの部分ですが、それも一人ですんなりと?
高橋:すんなり行きますね。それは僕がグラフィックデザイナーだからかな。グラフィックデザイナーって、企業や商品が持つ魅力を図案化する職業ですけど、それだけでは仕事はまだ半分なんですよ。クライアントの意向に沿ったものであることは当然ですが、さらに、そこに込めたメッセージが過不足なく、きちんと世の中に伝わるかどうか。そこがゴール。いくら目を引く素晴らしいデザインができたって、いくらクライアントからOKを貰ったって、僕が考えた図案によって企業の認知度が上がったとか、商品が売れるようになったというところまで行き着かないと、いい仕事をしたとは言えない。だから「主観と客観の切り替え」にかけては多少、訓練されてきた部分はあるように思う。
中西:なるほど。
高橋:でも、そもそも客観視ってそんなに必要か? という思いも一方ではある。
中西:まぁ、自分の写真展であり、写真集ですからね。主観を完全に排除することにどれほどの意味があるのか? というと確かにそう。そもそも完全に排除することなんてできないし。
高橋:あんまりポピュラリティーの部分だけに固執してしまうと、ふと、「あれ? 自分は何をしようとしていたんだっけ?」と我に返ってしまうことがあるんですよね。「ちょっと待て!俺の写真展じゃねぇか!」って。もちろん、さっきも言ったように中西さんと僕とでは置かれている状況が違うのでアレですけど。
中西:いやいや、同じですよ。それは私も、というか誰しもがぶち当たるジレンマです。でも、そんな時でも高橋さんは一人で解決されているんですよね? 誰にも相談せずに。
高橋:基本的には一人ですけど、やはり要所要所で他人の意見を聞くことはありますよ。
中西:あ、それも聞きたいんですが、高橋さんの場合、それは純粋に意見を聞きたいから? それとも「お前は正しい」って背中を押してもらいたいから? ダメ出しされたいっていうのもありますけど。
高橋:そりゃ背中を押してもらえることを期待して意見を聞きますよ。誰だってそうだと思うけど。
中西:で、期待に反してダメ出しされた時、真摯に受け止める方ですか?
高橋:ダメの出され方にもよりますよね。今まで話してきたように一人で全部決めながらやっているので、自分の中に指針というか、考え方の芯みたいなものはあるつもりなんです。その芯に沿ったダメ出しなら素直に頷けるし、むしろ嬉しかったりもする。でもぜんぜんズレたところでダメを出されたら、逆に「ああ、コイツ分かってねえなあ」って思う(笑)。だから意見を聞く人は決めてます。
中西:どういう人ですか?
高橋:表参道や金沢の写真展でも協力いただいた起業家でクリエイターの宮田人司さんを始め、いつも一緒に仕事させてもらっているクリエイターさん達にはよく意見をもらいます。やはり彼らの考え方、見方はすごく参考になるし、いつも新たな発見があります。でも、意外といちばん話を聞くのは・・・やっぱり妻ですかね(笑)
中西:あー、私も妻には意見をもらいますね。なんでしょうねアレ? 奥さんが言うことって、いちいち正しいですよね(笑)
高橋:写真のことなんか何も知らないのに、的確。
中西:そして手厳しい(笑)。まぁ、いちばんの理解者であり、いちばん直接的なステークホルダーでもありますから(笑)
高橋:そりゃ他人事じゃないですよね。
中西:おたがい、頑張らないとですね。
それぞれにとっての「写真集」
感じる魅力とアプローチの方法
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デザイナーであり写真家 少し角度の違うアプローチ
高橋俊充の場合READ »高橋 俊充 (たかはし としみつ)
写真家。1963年、石川県小松市出身。数年間に渡りイタリアやモロッコへ通い、「SNAPS」というテーマで複数回の写真展を開催。同時に写真集も出版。カメラメーカーのプロモーションや広告写真にも携わる。写真家としてプリント作品にこだわり銀塩バライタプリント制作にも取り組み、写真集においてはアートディレクターとしての観点からデザインも含め自身で全て創りあげる。元フォトヨドバシ編集部員。
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写真集は「向こう側」へ行くためのもの
中西敏貴の場合READ »中西 敏貴 (なかにし としき)
写真家。1971年生まれ、大阪府枚方市出身。1990年頃より北海道へ通い続け、2012年より美瑛町を拠点に北海道から海外まで風景写真のジャンルを超えて活躍している。元フォトヨドバシ編集部員。2020年、キヤノンギャラリーSにて写真展「Kamuy」を行う。同名の写真集が最新作となる(詳しくはこちら)。
https://www.toshikinakanishi.com/
( 2021.09.30 )