PY撮影ノート Vol.20 想いを伝える

2021年3月14日、平年よりも早く東京で桜の開花宣言が出た日、我が家の近くの公園ではやっと蕾が膨らみかけていました。花見を楽しみにしていた友人に、蕾の写真をグループラインで送り「あと十日ぐらいで満開かな」とメッセージすると、アッという間に返信の嵐。あまりの反響にモノクロにしてみたのが良かったのかなと。やはり写真が発信する力は凄いなと改めて感じました。

スマートフォンで写真がグッと身近に感じられるようになりました。きっと皆さんも毎日写真を撮り、何らかの想いをのせて発信しているのではないでしょうか。今回の撮影ノート、桜の蕾を被写体に、春が待ち遠しい想いを伝える写真を考えてみたいと思います。

( 写真 / 文 : A.Inden )


撮影場所

まずどんな場所でどんな風にカメラを構えているのかを紹介します。撮影場所は小さな公園。道路から約3m下がっているので、桜を上から眺めることができます。撮影時間は17時少し前、写真上の方に写っている夕日が山の端に隠れるまでの短い時間で撮影しました。カメラはCanon EOS-1D X、三脚は大学生のころから使っているQUICK-SET HUSKY。

カメラのレンズの前からiPad Proで撮影すると、こんな具合に写ります。逆光で太陽が画面の上に入っているのに綺麗に写りますね。背景が複雑になり、桜の蕾が目立たないのはレンズが広角だから仕方ないことです。アプリを使うことで蕾が主役の写真は撮れますが、iPad Proには広角がついていると理解して使った方がいいということですね。

春らしさ-光

影響を与える要素
太陽の位置 春分
南中高度90°−緯度
真東から出て真西に沈む
夏至(一番高度が高い)
南中高度90°−緯度+23.4
北寄りから出て北寄りに沈む
秋分
南中高度90°−緯度
真東から出て真西に沈む
冬至(一番高度が低い)
南中高度90°−緯度−23.4
南寄りから出て南寄りに沈む
温度 だんだん高くなってくる 高い だんだん低くなってくる 低い
湿度 温度が上がるにつれ、だんだん高くなってくる 梅雨時期がピークで低くなってくる 温度が下がるにつれ、だんだん低くなってくる 低い
大気の透明度 湿度が上がるにつれ空気中の不純物が増えてくる 湿度が下がるにつれ空気中の不純物が減ってくる 不純物は少ない 不純物は少ない
周りの自然 新緑。淡い色調の自然(彩度が低い) 濃い緑。彩度が高い色調の自然 紅葉。彩度が高い色調の自然 枯れた木、濃い緑の常緑樹。雪。コントラストの高い自然

*この表は日本(本州)における季節の変化を基本に考えています。

*PY撮影ノート Vol.16 らしい光〜四季編 より

ではPY撮影ノートのバックナンバー「Vol.16 らしい光〜四季編」を参考に春らしい雰囲気を考えてみましょう。春は気温の上昇によって湿度が高くなり、木々が色づき始めることで風景のコントラストが弱められます。その影響でコントラストが高いカリッとした冬の光から、コントラストが低い柔らかな光へと変わっていきます。「春霞」と言えばイメージがしやすいのではないでしょうか。春の光は「柔らかで優しい」といった感じですね。


*PY撮影ノート Vol.14 絵画の雰囲気から学ぶ より

次に優しい光を演出するカメラセッティングを「Vol.14 絵画の雰囲気から学ぶ」を参考に考えてみます。 

柔らかい光に照らされると被写体はどう見えるでしょうか。
 ①影が薄いあるいは無い
 ②色調が淡い
 ③輪郭がくっきりとしない
大きな要素はこの3つです。これをを満たすセッティングは以下の表のようになります。

絞り シャッタースピード 露出補正 ホワイトバランス コントラスト 彩度 太陽の位置
影が目立たない 低め 低め
色調が抑えめ 低め 低め 逆光
輪郭あいまい 開放 遅くしてブラす 逆光

Vol.14で、モネの絵画を再現しようとしたセッティングと同じです。優しい光に包まれているように感じられるあの世界観です。


レンズの味を使う

所有しているレンズで開放の描写が気に入っているものを撮り比べてみました。レンズは違いますがカメラセッティングは上の表を参考に全て同じです(開放値は異なりますが、開放で撮影しています)。太陽の位置は逆光、シャドーに露出を合わせているため全体としてはオーバーな露出になっています。春らしい優しい光に包まれた蕾がうまく演出されているでしょうか。

こうやって撮り比べてみると、同じ場所、同じセッティングで撮っても全く描写が違うことに驚かされますね。描写のお好みはともかく「何を伝えたいか」によってレンズの味の違いを利用できることがお分かりになると思います。ちなみに右下だけカメラ本体も変えています。柔らかい光の演出と考え、一番うまくいくと思われる組み合わせを試してみました。センサーのサイズ、種類(CCD)も違っているため撮り比べとはちょっと意味合いが違うかもしれませんが、約70年前に製造されたレンズの柔らかい描写も味わってみてください。※レンズによる描写の違いはPY撮影ノート Vol.14 絵画の雰囲気から学ぶやPY撮影ノート Vol.17 レンズを味わうもご参考ください。


想いを伝える写真

あくる日、改めて撮影場所、時間、カメラセッティング、レンズの味を確認し、春らしい光に包まれた蕾を目標に撮影してみました。すぐに試したことを実践できるのだから、撮影場所が近いというのは贅沢なことですね。最終的にチョイスしたレンズはCarl Zeiss Planar T* 50mm F1.4。コントラスト、彩度の低さはもちろんですが、開放で現れる「ピントピークを取り囲むように現われる滲み」が全体の淡い描写とマッチして、優しい光に包まれているような蕾を表現できると想像したからです。春らしい光から感じる、優しさに包まれたような、ほんわかした気持ちがうまく伝わったらいいのですが。

手紙を書くときには文字で想いを伝えます。井上陽水の曲の中に「黒いインクがキレイでしょう、青い便せんが悲しいでしょう」という歌詞があり、文字を表現する筆記具やその色がもたらす情緒がさりげなく綴られています。写真も同じように考えてみたらどうでしょう。写真に伝えたい想いを乗せるように、色や滲みを少し意識してみるだけで、きっと写真を撮る楽しみが何倍にも広がっていくと思います。

( 2021.03.26 )

<バックナンバー>
Vol.01: PHOTO YOKOHAMA 2014 -「写り込み」
Vol.02: 河津桜 -「順光、逆光」
Vol.03: 「ピント」のお話
Vol.04: 街角スナップでおさらい
Vol.05: コンパクトデジタルカメラ
Vol.06: 露出の基本
Vol.07: ホワイトバランスと色の話
Vol.08: リュックにカメラを詰め込んで
Vol.09: 運動会撮影にチャレンジ
Vol.10: 被写体までは何センチ? - 「距離感」
Vol.11: トリミングという“テクニック”
Vol.12: シーンセレクトから学ぶ
Vol.13: 家族旅行でスナップを
Vol.14: 絵画の雰囲気から学ぶ
Vol.15: フィルム撮影の楽しみ
Vol.16: らしい光 〜 四季篇
Vol.17: レンズを味わう
Vol.18: RAW現像で味付けを
Vol.19: モノクロ