PHOTO YODOBASHI

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じぶん史上最高の写真集
#6 SUWA / 小林紀晴

Text by Naz

わりと大作な写真集の紹介が続きました。今回は軽めのものをご紹介できればと思います。何を持って人生最高とするかは人によると思いますが、私が紹介する写真集は、本棚にある写真集の中で「最も多く手にした写真集」ということで、ご紹介できればと。

写真家としてだけではなく、作家としても活躍されている小林紀晴氏。代表作である「アジアンジャパニーズ」は、東南アジアを旅する日本人バックパッカーを取材したものとして多くの方が知る存在ではないかと思います。この写真集は、そんな氏が生まれ育った諏訪地方(茅野市)の写真が納められているもの。ページ数も少なく、軽い写真集ではあると思いますし、さらりと観ることができます。それだけに手にしやすい存在でありました。

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写真集「SUWA」は、山を造成して作れた新たな水田とその端に建てられてゆく小さな納屋を定点観測のように撮った写真が土台となるように全体が構成されています。その中で紀晴少年が実家で過ごした日々を目を細めて懐かしむように、あの頃と変わらないであろうゆったりと流れる時間が題材として描かれています。写真集や絵はがきのように印象的で美しい光景が連続するのではない、撮る者にとっても少し退屈にも見える光景。でも、そういう手を伸ばせば届きそうな距離にある光景こそ、美しく儚いものであるということをこの写真集を観る者へ静かに語りかけてくれるような、そんな気にさせてくれます。私自身は東京に生まれ、東京出身の両親に育てられ、田舎というものを持っていませんが、それでも幼少期の頃の淡い記憶のような、日本人にとって普遍的ともいえる「田舎の光景」を、この本の中で綴られた写真たちは思い起こさせてくれるのです。

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小林紀晴氏は2000年から2002年まで渡米し、ニューヨークで同時多発テロ事件に遭遇します(ニューヨークでのできごと滞在記「days new york」に綴られています)。おそらく氏の人生にも大きく影響するであろう事件を経験し、写真集の中でも 『N.Yで体験した大きな事件のことは、ますます内側に膨らんでいくばかりで、すると、どうしても、これからは美しいものを撮りたいと思うのだった。』 と触れられています。多くの人の命が一瞬にして奪われてしまった大きな事件を目にし、そして祖父の死とともに帰った諏訪の地で、これまでと変わらない、そしてこれからも変わらないであろう光景とともに、氏の身近な人たちへ静かにカメラを向けています。

お盆休み、農家の営み。写真集では帰省した氏が少しだけ距離を持って見届けた光景とともに9.11後に氏の心の中で漂い続ける答えの出ない思いが淡々と写真の中にも描き出され、少ないページ数ながらも読後感のようなものを抱かせてくれます。そしてこの写真集は悲しく重苦しいいものだけで終わらず、生まれてきた新しい命に、氏自らも含めた「連なり」のようなものの存在を感じさせてくれるのです。

振り返れば1995年の夏、信州への旅の途中に立ち寄った諏訪湖で、氏の小さな写真展に偶然出会い、そこでこの写真集を手に入れました。田舎のない私でしたが、結婚した妻には故郷があり、帰省する度にそこにある「変わらない日常」を写真に納めたいと思うようになったのは、この写真集が少なからず私にもたらしてくれたもののような気がしています。

( 2020.06.03 )

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御柱祭のある諏訪の地で育った小林紀晴氏が全国の「奇祭」を撮った紀行本。

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