PHOTO YODOBASHI

ヨドバシカメラ公式オンライン写真マガジン

SORI - 新宿光學總合研究所

  • 本稿は、写真用レンズについてより深い理解が得られるよう、その原理や構造を出来る限り易しい言葉で解説することを目的としています。
  • 本稿の内容は、株式会社ニコン、および株式会社ニコンイメージングジャパンによる取材協力・監修のもと、すべてフォトヨドバシ編集部が考案したフィクションです。実在の人物が実名で登場しますが、ここでの言動は創作であり、実際の本人と酷似する点があったとしても、偶然の一致に過ぎません。
  • 「新宿光学綜合研究所」は、実在しない架空の団体です。

3群7枚目  設計図と完成品のはざまで
試作のプロフェッショナルたち (前編)

「試作」という言葉を聞くと、ワクワクしませんか? しますよね? 例えば「試作1号機」・・・ほら、今一瞬ワクワクしたでしょ? 「これ、まだ試作品なんですけどね」・・・あ、またワクワクした。この言葉を聞いた途端、体内にある「わくわくメーター」の針が、一瞬、ぴくんと跳ね上がる。何なんでしょうかこれは。

というわけで今回のテーマは「試作」。農産物から宇宙ロケットに至るまで、およそ人間が考えて作り出すものには「試作」というステップが存在するはず。もちろんカメラだって。今回はカメラの試作について、じっくりお話を聞きました。前/後編の2回にわたってお届けします。

  1. 試作はチョー重要
  2. 「壊れ方」が問題
  3. 暑サニモ負ケズ、寒サニモ負ケズ
  4. 試作担当者は調整上手

試作はチョー重要

き、き、決められんっ!

馬橋所長

うわ、びっくりした。どうしたんですか? レンズのカタログを広げて。

3号

拙者は今、このレンズとこっちのレンズ、どっちを買おうかとか悩んでおるのでござる。手が届く安い方にすべきか、ちょっと無理をしてでも高い方にすべきか・・・まったく悩ましいでござる。

4号

こんな名言があるぞ。「買う理由」が価格だったら、それを買ってはならぬ。「買わない理由」が価格だったら、何としてでもそれを買うべし。

ああっ、なんと有難いお言葉! これこそ生きる望み! 輝く希望! 暗夜を照らす一筋の光! ホントに素晴らしい。人間って素晴らしい。うるうる。

原田
4号

3号に向かって言ったのに、違う人にやたらと響いている。

2号

泣くこたぁないじゃない。はい、ティッシュ。

ずるっ・・・すいません。今の言葉で、これまでしてきた、そしてこれからもするであろう数々のキヨミズ・ダイブが報われました。ありがとうございます。えっと、話を戻すと、それらのレンズは価格のほかにもいろいろ違う点があるので、目的に合ったものを選ぶのがいいと思います。

原田
3号

しかし裏を返せば、選ぶのに悩むほど、Zマウントレンズのラインナップが充実したということでござるな。

Zマウントレンズも出始めの頃は、発売されるレンズすべて買ったなんて人もいたそうですが、今では12mm(35mm版換算)のDX PZレンズから最望遠は800mmまで、41本まで充実してきました(2024年1月現在。テレコンバーターを含む)。Fマウントレンズに引けを取らないラインナップになりつつあります。

町田
4号

Zマウントが出たのって、いつでしたっけ?

発表は2018年8月。あれから5年半・・・ここまで来るのはホントに大変でした。

原田

Zマウントになって光学的な制約が少なくなり、性能を大幅に引き上げつつも、個性あるレンズを生み出して来れたと思います。しかしまだまだ道半ば。ニコンを愛してくれる皆様のため、これからもがんばりますよ。

町田
1号

でもレンズの開発って時間がかかるものですよね? 短い時間でたくさんのレンズを製品化できた裏には、何か秘密があるんじゃないですか?

秘密なんてないです。設計の進め方自体は何も変わっていませんが、以前にもお話ししたシミュレーターの存在がやはり大きいですね。開発スピードが飛躍的に上がりました。

町田
3号

いちいち試作品を作って確認しなくてもよくなった、ということでござるな。

コンピューターを使った仮想的な試作によって、さまざまな検証が瞬時に、正確にできるようになりました。とはいえ、試作は開発をする上で絶対に必要なものなので、シミュレーターがいくら発達しても無くなることはありません。

町田

シミュレーターに最初からデータが入っているわけじゃないですからね。すべて実際に試してみた結果です。つまり試作の重要性は、以前よりもむしろ増しているということです。そこで今回もゲストに来てもらいました。開発部門で新製品開発と試作を担当されている、今榮(いまえい)さんです。

原田

こんにちは、今榮です。どうぞ宜しくお願いします。

今榮

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株式会社ニコン 光学本部 第二開発部
今榮 一郎(いまえい いちろう)さん

2号

あらぁ、オタク感のない、爽やかな男性じゃないですかぁ。しかもサーフィンがご趣味だなんてステキ・・・

ははーん。どうせアレでしょ、「開発の人っぽくない」って言いたいんでしょ?

原田
2号

そんなことは言ってません。「原田さんや町田さんとはだいぶイメージが違う」なんて、そんな事ひとっことも言ってませんから。

では試作についてお話ししましょう。みなさん、「試作」と聞いてどんなものを想像しますか?

今榮
2号

完成品とだいたい同じなんだけど、細かいところが微妙に違うやつ。

3号

自動車なんかでも時々あるでござるな。正式発表される前にイベントで展示されて話題になったり。

モックアップのことですね。やっぱり試作と聞くとあれを想像しますよね。カメラでもデザインを検討したり、大きさ・重量バランス、ズームリングやフォーカスリングなどの操作性等を確かめるためにモックアップを作りますが、開発段階における試作の多くは、もっと細かくて地味なものですよ。

今榮
2号

細かくて地味・・・というと?

例えばAF機構や絞り機構、あるいは手ぶれ補正機構のような「機能の試作」が多いんです。それらが要求された仕様で作れるか、機能や性能を実現できるのかを確かめるためですね。もっと細かいものだと、そうですねぇ、望遠レンズの三脚座の試作とか。

今榮
3号

三脚座? どうして今さら三脚座の試作を?

新しい素材を使ったりする場合には、強度がちゃんとあるか、加工の精度が出せているか、そういうことを確かめる必要がありますから。

今榮
3号

なるほど、カタチは同じでも素材が違えば、実際に作ってテストをする必要があるんでござるな。

2号

新製品って、そういう「新しい技術」や「新たな試み」の塊なんですね。当たり前だけど。

でも、新しくレンズを開発するからといって、すべてをゼロから作るかというと、そうでもないんです。既存製品に組み込まれている技術を流用することも多いですよ。

今榮
3号

使い回しでござるか。

2号

言い方。

そう言うと聞こえは悪いですけどね(笑)。でもすでに確立された技術を流用することで開発期間を短縮し、信頼性が担保され、さらに価格を抑えることができるわけです。

今榮

新しい技術を開発することって、もちろん目の前の新製品のためではあるんですけど、その技術ができるだけ長く使い続けられるようにという、長期的な視点も同時に必要なんです。むしろそっちの方が大事。

原田
4号

そういう新しく開発された技術に関するデータも、シミュレーターに入っているんですか?

すでに開発・検証された機構や部品はすべて数値化され、シミュレーター上で再現できます。そのため、かつてのように頻繁に試作する必要はなくなってきたわけです。

今榮