PHOTO YODOBASHI
ヨドバシカメラ公式オンライン写真マガジン
- 本稿は、写真用レンズについてより深い理解が得られるよう、その原理や構造を出来る限り易しい言葉で解説することを目的としています。
- 本稿の内容は、株式会社ニコン、および株式会社ニコンイメージングジャパンによる取材協力・監修のもと、すべてフォトヨドバシ編集部が考案したフィクションです。実在の人物が実名で登場しますが、ここでの言動は創作であり、実際の本人と酷似する点があったとしても、偶然の一致に過ぎません。
- 「新宿光学綜合研究所」は、実在しない架空の団体です。
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From: Hiroki Harada
To: Subscribers
Subject:レンズの楽しみ方案内
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今回のお題は「レンズの楽しみ方案内」ですか?!レンズって撮影するだけじゃなくて選ぶ、買う、使う、断面図を眺める、設計する、とかもういろんな楽しみ方があるので一筋縄ではいきませんよ?!長文の覚悟はよいですか?
〇 オールドレンズの楽しみ
まずは古いレンズから。いわゆるオールドレンズ、この10年ぐらいで完全に市民権を得た感じがします。マウントアダプターとミラーレスのおかげでしょう。
オールドレンズの楽しみ方って、いろいろな切り口があります。
・ そのレンズの現役時代の輝きをリアルタイムに見ていたが高価で買えなかったものをようやく今使える喜び。
・ 若い人にとっては、人生の何倍も昔に作られたオールドレンズの写りってどんなものなんだろうという好奇心。
・ 最新のレンズを使っていてその写りがとても気に入っているので、オールドレンズと比較して進歩を実感してにやにやしたい(でも古いレンズも意外と雰囲気良く写ってびっくりするんです。「レンズの進歩とは何だろう?」とか言ってみたり)。
・ 古い映画のような雰囲気の写りを、同時代に作られたレンズなら実現してくれそうという期待。これは動画で撮るとよりそんな雰囲気が楽しめます。私もよく動画で使います。
ぱっと考えてもいくつも出てきますが、もっと沢山あると思います。
でもここで注意点があります。以前ズームレンズと単焦点の違いについてお話しました、「単焦点は不便なのが面白い」と。それでも現代の単焦点はオールドレンズに比べたら全然便利、被写体に向けてそのまま撮ってもちゃんとそれなりに満足感得られます。でもオールドレンズは手ごわいんですよ、本当に一筋縄ではいかないものが多いです。
「オールドレンズってフレアが出てゴースト出てふわふわしている」みたいなイメージがあるかもしれませんが、全然それだけではないし、先入観なく見ても「ああ、いいなあ」と感じられるように使うには時間をかけていろいろなシーンで使ってみないとわからない。
例えばヘクトール73/1.9、これは本当に手ごわいです。
一般的に好まれがちな「解像線は細くてきれいなフレアがふんわり乗り、ボケも綺麗」みたいな好ましい描写ではありません!そういった扱いやすい感じでは無く、当初は途方にくれました。そこからデジタル、モノクロフィルム、カラーネガなどで色々なシーンで使ってみて結局使いどころが分かってくるまでに1年以上かかりました。
でもその使いどころって、このレンズを多用していた木村伊兵衛さんが90年ぐらい前に使っていたのと同じようなシチュエーションだと打率が良いことが実感できました。車輪の再発明!
そのうえで、今のフィルムやデジカメの特性を加味してさらに深堀すると新しい表現につながるかもしれません。なぜなら数十年前と今では世界の景色が違うし、モノクロフィルム用に設計されたものをデジタルのカラーで取り込んでる時点でそのレンズが開発された当時に想定された使い方とは違う、さらには映像自体に対する考え方自体も多少変化しているでしょうから。だから今使っても「あーいいなー」と思えるような使い方は今の人が個々人で探さないといけない。でもそういう行為がこれまでに無い表現を生むと思いませんか?
その際に是非試してもらいたいのが「自分の撮り方にレンズを合わせる」ばかりではなくて、暫くは「レンズに自分を合わせてみる」ことです。
・ 数十年前の写真観で設計されて発売されたレンズを現代に持ち込んだらどういうシーンで映えるのか、試行錯誤してみる。
・ なかなか上手くいかなくて、すぐに売ってしまおうかとか思うかもしれませんがそこをぐっと堪えて使ってみる。
・ なんだか気になるものが撮れたら今度はそういうシーンを中心に撮ってみる。
というような予想外の展開を楽しんでみるんです。慣れてくるとついワンパターンな撮影になりがちなところをオールドレンズの意外性と格闘することで崩していく、みたいな楽しみ方です。そうすれば、 もはや古いレンズではなく、新しい世界をあなたと一緒に拓くレンズ になると思います。
〇 微妙な差を見る楽しみ
オールドレンズは派手なフレアなどが注目されがちですが、限られたレンズタイプの中で微妙な差が出ているところを見るのも面白いですよ。派手さばかりに注目するとすぐに飽きてしまうかもしれません。
ここで新宿光学の設立趣意書っぽい話になりますが、レンズの特性って単独の1本だけを使い込んでも意外とわからない。ビールも1種類だけ飲んでいるだけでは「キレってなんだろう、コクってなんだろう?」みたいになりませんか?でも味の方向性が違うと言われているものを2本、一口ずつ飲み比べていくとなんだかわかってくる、あれですよ。レンズも同じです。同じスペックでも複数本必要です(真理)。
例えば3群4枚のテッサータイプ、設計自由度があんまりなくて個性なんて出なさそうです、50㎜F3.5とか。でも本家のテッサーと、他社のテッサータイプを比べると結構違います。収差の方向がまるで逆なものもあります。
そういうことに気づいてしまうとテッサータイプの50㎜F3.5を何本も持って写真を撮りに行くことになります(実話)。
一眼レフの標準レンズとして1960~1980年ごろまで普及した50㎜F1.4~1.8のレンズ、これもガウスタイプがほとんどですが、メーカーや世代によって写りは違います。これも単独で使うとわかりにくいですが同時に比較すると段々わかってきます。これでまたカバンが重くなりますね(笑)。私は最近通勤カバンを、レンズを沢山入れるためにリュックに替えました。
そういう比較方法として、いわゆるテストチャートみたいな撮影も一度ぐらいはやっても良いかと思いますが、チャート撮影にこだわるとつまらなくなりますのでご注意を。私も自作のテストチャートをA4用紙に16枚印刷して繋げた大きなチャートを壁に貼って試すこともありますが、それは解像力が高いとか低いとかを見ているわけではありません。その滲み方などから収差の特性を調べる一つの手段として使うのです。
ちなみに数本の古いレンズでのテストチャートの比較撮影結果を光学に詳しくない方に見せたら「みんな同じ…」と言っていたので、知識がないと収差特性は読み取れないのだなと思いました。私はもう一晩でも語り明かせるぐらい違いが沢山あって興奮したのですが、その興奮が共有できなくて少し寂しかったです。
私は設計者なのでテストチャートの撮影結果から収差特性を読み解くことを常日頃やっているようなものなのでこういう撮影画像だけが100枚並んでいても楽しめます。どうです?あなたも設計者になってみませんか?古いレンズの違いがとてもよくわかるようになりますよ。
それはともかく、お勧めの比較実写は
・ テストチャートではなく出来るだけ普段よく撮る被写体。
・ 絞りを開放から0.5~1段ずつ変えながら撮る。
・ 遠景だけじゃなくて、5mぐらい、3mぐらい、1mぐらい、至近距離、というように撮影距離を変えながら撮る
などのセットです。そんな比較画像(サムネイルで見ると確かに同じような画像が並びますのですぐに撮影情報とファイル名の対応をメモするか、ファイル名にレンズ名や絞り値をいれましょう)を何度もじっくりと見比べると段々わかってきます。
もう一つポイントとして、ピクセル等倍比較ではなく、画面全体で表示した際の印象を大事にしたほうが良いと思います。
少し話が変わりますが、同じメーカーの世代間の差で、例えばテッサータイプで50/3.5を長年作り続けているものを最初期から最終バージョンまで複数本比較すると、途中で設計思想が変更されたのでは?と思うことがあります。
以下はそんな私の自問自答です。
「初期のレンズは無限遠で開放絞りでも画面周辺まで結像が均質、後ボケも綺麗。むしろそれ以降は最終バージョンまでのものは像面湾曲が大きくて無限は今一歩。あれ?個体差かな?と何本も試してたがどうやらそういう傾向がありそう、個体差というより設計変更か…??でも普通、逆じゃない????
この差異は球面収差の残し方と像面湾曲のバランスのさせ方の差かなあ…。
でもその変更はもしかしたら近距離性能や絞り込み時のピント位置変動を配慮した収差バランスの変更だったのかもしれないな…。
初期バージョンの時代には距離の測定は単独の距離計を使うか目測だけだったので、近距離の撮影の優先度は高くなかったのかもしれないし、フィルム感度も低く、絞り込みを多用することも少なかったのかも?だから無限遠の比較的開放寄りの絞り重視の収差バランスだったのが、距離計対応後は近距離の収差も加味してバランスさせたら無限遠の像面湾曲はちょっと残存しちゃった…とか?!」
みたいな想像し始めると歴史の謎、ミステリーの謎解きみたいな感じで面白いじゃないですか!
ついでにいうと、テッサータイプは標準レンズぐらいの広さの画角で効果を発揮しますが、中望遠ぐらいになるとむしろ1枚レンズを抜いたトリプレットのほうが球面収差が少なくて性能が良い場合もあります。それなのに何故か頑なに90㎜F4でテッサータイプだったりすると
「なぜだろう、レンズ減らしたほうが性能よさそうなのに…」
みたいな別のミステリーも生まれます。でもそうやって球面収差的にはトリプレットより不利なテッサータイプだから球面収差が少し大きく、1段ぐらい絞ると少なすぎない適度な残存収差になります。それを狙ったからトリプレットじゃなくてテッサータイプを採用したわけではないと思いますが(笑)、そういった偶然の結果をありがたく満喫する、それも大人の趣味って感じがしますね、しませんか?
そういうことを考えるには、新宿光学総合研究所で話しているような光学の基本的な知識を踏まえていくとより楽しめます。光学という学問を少しずつ知ることで見える世界、知的好奇心をばっちり満たしてくれます。
〇 レンズを選ぶ楽しみ
色々な選び方あります。
・ フォトヨドバシを見る。
・ メーカーの製品紹介サイトを見る。
・ Webの評判を調べる。
・ テストサイトの点数を見る(どういう仕組みで採点されているかが実はとても大事ですが意外とそこはわからない)。
・ 使った方の画像を見る。
などなど。
でもレンズってこんなに生活にあふれているのに、光学はあまり学校で習いません。そのせいか「これは間違っているなあ」という情報が世のなかにあふれています、「人間の眼はF1.0(大間違い!)」とか。だからこそ新宿光学総合研究所を読んで正しい知識をベースに自分で判断できるようにしたほうがレンズ選びも楽しめます。
というのも他人の意見を気にしすぎると、自分自身で選んだ!という満足感も減ってしまってもったいないです。レンズを買うって楽しいイベントなんですから、ぜひ自分ならではの視点で選びたいですね。
そこで参考までに、私がやっている選び方をお伝えします。とてもシンプルです。
「レンズ断面図を見て面白いタイプかどうか」 で決める。
「広い画角に向いていない望遠レンズ向きのレンズタイプで作られた標準レンズとか、どんな写りするんだろう?!周辺像の流れと画面中心の画質差のギャップが楽しみ!」
とか思うじゃないですか!
「お、これは凄い合理的な構成しているな、これはもう作例見なくても絶対良さそう!」
とか思うじゃないですか!!
とはいえこのあたりは知識量、それも設計経験がないと本当のところは分からないかもしれません、残念ながら。
でも本当に凄いレンズは、断面図から何か感じさせられます。例えばビオゴン21㎜F4.5とか、エルノスターとか、ゾナー50㎜F1.5とか、合理性をベースにしつつもどこかに秘訣が潜んでいることが断面図に現れています。そういう雰囲気は、私の知人で光学の知識が無くても感じられる人がいます。あなたも自分好みの断面図を探してみませんか? そうそう、レンズの断面図については、これをもう一度ご覧になると良いと思います。
私がやっているもう一つの選び方として、断面図で判断に迷ったら
「特許データを調べてみる」 。
これも設計者の考え方のクセが分かって面白いです。なにせ特許にはそれまでの技術の課題と、それをどうやって解決したのかが文章と実例で示されています。だから私は特許を調べるのも好きですし、自分で書くときは後世のレンズマニアが読んでくれることも考えながら書くようにしています。是非、レンズの特許を読んでみてください。
ちなみに特許の調べ方は、「レンズ 特許 調べ方」みたいな感じで検索するとやり方を紹介してくれているサイトや実際に調べてデータ再現してくれているサイトなどがありますので、そちらもご確認されてはいかがでしょう。これも大人の趣味ですねぇ。
さらに
「外観がかっこいいレンズを買う」 、
これも正解です。
・ レトロフォーカス超広角レンズの前玉は大きければ大きいほどカッコいい!
とか
・ 「明るいレンズの前玉を覗くとき、レンズの深淵もこちらを覗いている」と哲学者ニーチェっぽいこと呟いてしまう。
とか直観で良いのです。
そんなときはそのレンズに性能云々抜きに思い入れを込めやすいから、ずっとあなたの映像制作パートナーになってくれると思います。
とか直観で良いのです。
そう、つまり最後は
「なんだか気になったレンズを買う」 、
これが多分一番の正解です。
〇 新しいレンズの楽しみ
新しいレンズって個性がないという話をたまに聞きます。
かつてのレンズほど収差量が大きくないからそういう意見もわかります。実は私も学生時代はそう思っていました。
でも収差量が少ないと、ほんの少しの収差バランスの違いが明確な画像の違いとなって現れます。綺麗な机ほど、物の微妙な配置の変化が分かりやすいみたいに。
そもそも今のレンズはいろいろなシーンを想定して、それらの最大公約数的な写りを目指しているものが多いかと思います。だから一見個性が見つけにくい。
ではどうやってそのレンズの美点を探すか?
だったら 色々なシーンを撮ってみるとよい のです。
・ 1年間、春夏秋冬。
・ 朝も昼も夜も。
・ 屋外も室内も。
・ 遠くも近くも。
・ 景色も人も動物も乗り物も。
そうすれば「あ!これ素敵!」って強く印象的に撮れるシーンがきっとあります。そう、現代の設計者も多くのシーンで破綻なく撮れるようにしながら、その中でも「特にこのシーンは会心の一枚になるように」と願って収差バランスを仕込んでいたりします。そんな宝探しをする、楽しそうじゃないですか。
サン=テグジュペリが言っていました、「砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからだよ。大切なものは目に見えない。」と。
でもこの現代のレンズの隠された宝は、ちゃんと写って眼に見えます!
例として、私が担当したレンズでこれまであまり語っていないことを少しお話します。
最初に担当したAF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G EDや、その後継機のAF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VRは、大口径標準ズームなので汎用性を意識しつつも、標準域でそのF2.8の開放値を活かした撮影として人物撮影で自然な立体感を感じられるように留意しました。特に、子供の肌の柔らかさはポートレートレンズとしてあえてこれを使う意味を感じられると思います。
もうひとつ、AF-S NIKKOR 35mm f/1.8G EDについてです。柔らかく色収差の少ない自然な描写を狙ったので、作例のようにこちらも日常の中から記憶を掬い上げることができます。
また25㎝の至近距離でも柔らかくも自然な描写をするように心がけました。さらにDXクロップすると、この作例のようにお酒を注いだグラスに写った満月をも印象的に残せました。
〇 レンズでお酒を飲む楽しみ
レンズの歴史で個人的に一番好きなのは大口径レンズ競争の時期です。
人類の英知のぶつかり合い、世界最高速度に挑戦するスピードレース。ロマンの世界。
当然、その時代の平均的なレンズよりも少し収差が残っている場合もありますが、それに構っていたらそんな明るさは達成できないのであえて目をつぶっているところがあります。でもその「何を捨てて、何を残すか」に設計者の見識が色濃く表れている気がします。そんな設計者の想いを実写したり収差を測定したり断面図を見たりしながら想像するのが楽しいです。数十年前の設計者と会話している感じがして。もし叶うならそういう方とお酒を交わしながら理想のレンズ談義とかしたいです。残念ながらそれが叶わないので、私はそういうレンズを眺めながら、もしくは断面図を眺めながら一人でお酒を飲んでいます。そうすると今度は、レンズごとに合うお酒の種類にも興味がわいてきます。
国産レンズはやっぱり日本酒。
・ 色が暖色系でフレアもコマ収差が少なく球面収差が多めなら甘口。
・ コマ収差や色収差を残しても非点収差を補正したものは東北の辛口のお酒。
ちなみに私はNIKKORは辛口だけどちゃんとコクもある、みたいに思っています。
ドイツのレンズはやはりビールでしょうか、濃いめの日本酒でも合いそうです。比較的がっしりした感じでコクのあるお酒が合いますよ。今度飲みましょう。
というように、レンズはただ写すだけじゃなくても楽しみが広がったりするのでこれはなんだろう、もう人生を楽しくする触媒です。
また設計者になってからしみじみ実感できるようになったのが、メカや電気などの構造の巧みさです。
たとえばキットレンズのAFズームレンズ。その内部を見たときは驚きました。あれ?こんなに軽くて安価なレンズでも中身はこんなに複雑なの?!ズームの複雑な構造が全然理解できない!?モーターや手振れ補正ユニットも複雑!!
その仕組みもさることながら、それを大量生産する技術にも驚かされました。レンズは光学だけじゃなくて他の技術もお互いせめぎ合い高めあって結集した工業製品ということを。
そんな英知の結晶が、人間の感覚に寄り添う機器のために使われているところがまた素敵です。そう考えると、必ずしもクロームメッキのオールドレンズだけではなく、現代のズームレンズも
・ ズームリングを回した際の内部のレンズの移動を前玉側、後玉側から眺めてみる。
・ カメラに装着してAFさせて、内部のどのレンズ群がうごいているのだろう?と断面図と比較しながら考えてみる。
・ 手振れ補正を作動させてこれまた前玉側から内部でレンズがシフトしているのを見てみる。
など試してみてください。これまたお酒が進みます。保証します。
〇 レンズを設計する楽しみ
これに関してはほんの一部の人の楽しみになってしまいますが、だからこそ、言葉を尽くして語りたいと思います。
私は「新しいレンズでこれまでにない描写を創ること、それは新しい世界を創ることに似ている」と思っています。
そう考えるようになったのは、私が高校生になったばかりの頃です。
映像に本格的に興味を持ったのは高校1年生、
・ カメラ好きだった父から「明るいレンズに交換すると、肉眼と違ってぼかすことができる」と聞いたこと。
・ 部活で美術部に入ったこと。
がきっかけです。カメラを通して見る日常は、ただ肉眼で見ていたものとは違うものに見えることに気づいて身の回りの見え方が一変しました。さらにその頃から近視になり、遠くがはっきり見えない代わりに近くの物がより浮き立って見えるというふうにこれまた日常の見え方が変わりました。その際、見え方が変わるとともに、意識する距離感や注意を向ける範囲など、私自身の世界に対する考え方が大きく変わったことがとても印象的でした。
この「見え方が変わると世界に対する考え方が変わる」ということがあるならば、「見え方をうまくコントロールすれば感じ方、考え方を望んだ方向に変えることができる」のではないか?と思いました。
映像に対してそれを適用するならば、当事者にとっての現実とは実はちょっとだけ違うが好ましい、そんな世界を体験してもらうことが大事だと思うのです。脳内にだけ展開される、現実とは別の世界の創造。その世界観をどう設定するか?に設計者の個性が出るはずです。それを信じてこれまで古今東西色々なレンズを試しては設計するレンズの描写の狙いを定めて作ってきました。
その際に私が目指しているのが
「測定器にとっての光学的なリアル」ではなく、「人間にとってのリアリティ」
を大事にしながら、でもやっぱりレンズを通した映像ならではの大きなボケを活かした、2次元から3次元を自然に想像させてくれるような映像にしたいのです。この辺りの話は以前もしましたよね。
https://photo.yodobashi.com/live/sori/03_05/
繰り返しますが、 写真レンズは、測定器や機械の眼のために作られているのではないのです 。映像を見て、脳内でこれまでの経験と照らし合わせて認識して、価値観や美意識と照らし合わせてはじめて「あー、いいなーこの映像!」となる人間にとって最適なレンズを求めて試行錯誤しているのです。
たとえば写真術が1839年に始まって以来の映像を見ると、今でもびっくるするほど素晴らしい映像は沢山ありますし、そのレンズを今使ってもやっぱり素晴らしい映像が撮れることもあります。それはそのレンズの収差のバランスが時代を超えて人間に合っていたといえるかもしれません。
でも今、昔の映像を見たときに
「あーこの映像は○○ってレンズで撮られていて、その性能が(当時)こういう評価手法で高得点だったからいい映像だなー」
とか見る人はほとんどいないわけです。これは未来を考えても同じことが起きるはずです。現代の開発時に現代の流行りの評価尺度だけを見て、そこだけに最適化した設計をしても、今そのレンズで撮られた映像を未来の人が見るときは「あー当時の○○テストで良い点だったからよい映像だねー」とか見ないのです。多少は変わってもおおむね変わらないであろう人間の感覚に沿ってその映像が良いと思うか否かだけでしょう。だから現代の特定の評価に合わせこみすぎる設計は未来に向けての映像文化に対して真摯に向き合っているとは言えないと思っています。
時代時代のレンズの流行りの評価尺度におもねった設計をするのではなく、もっと人間が映像を見るときに脳内で何が起きているのか、そのためにはレンズを通した映像はどうあるべきか、ということをしっかり考える必要がある。そうすればきっと100、200年後の人がみても良いと思うような映像になるのではないかと思っています。この辺りも数年前のインタビューでも話していて、我ながらずっと同じことを目指しているんだなと思いました。
https://photo.yodobashi.com/nikon/100th/interview/
仮に測定器や機械の眼のために作るなら、特定の特性を良くすればよいとなり、設計は簡単でしょうし、メーカーや設計者ごとの差はどんどんなくなっていくでしょう。
でも写真レンズは多様な人間相手、しかもいろいろなシチュエーションが相手です。さらにメーカーや設計者の考え方のバリエーションが掛け合わされるとそこに産まれてくるレンズのバリエーションは無限だと思います。まさに、世界の創造っぽくないですか?
そしてその「時代時代の人々が日常を映像として掬い上げて眺めることの価値」、これはきっと100年後、200年後も変わっていないだろうと私は信じています。その営みに対して私が開発に関わったレンズはもちろん、世の中の全てのレンズたちが貢献していってくれることを願っています。
このように、映像に興味を持った高校生の頃には想像もしていなかった仕事をしていますが、私はこの人間の感性と技術のクロスポイントに存在する写真レンズ設計という仕事を選んだことに満足しています。どうです?一緒にこの仕事に挑戦してみませんか?
ところで設計完成度の指標として大事にしているのが、レンズ断面図の美しさです。レンズの断面図にはそのレンズでどんな世界を狙っていたのかが秘められています。先ほど書いたように、私はそんなレンズ断面図が沢山のった本を眺めながらお酒を飲んでいます。
だから自分の設計するレンズも将来そうやってみられることを想定して、自分の設計中の断面図を眺めながらお酒が楽しく飲めるかを考えて(実際にそういうトライをして?!)います。そうやって何度も変更していくと、やっぱり合理的な構成になって性能も向上するんですよ。不思議ですね。
あーやっぱり長文になってしまいましたね。今度またレンズ断面図を肴に終電まで飲みましょう。
追伸
この原稿をフォトヨドバシ編集部に見せたところ、「8割は何を言っているのかよくわかりませんが、これで行きましょう!」と、温かいお褒めの言葉をいただきました。そして、残念ながら新宿光学綜合研究所は最終回を迎えてしまいましたが、もしかすると、このコラムは不定期で続けるとか、続けないとか・・・ま、それはいずれわかりますね。
- 1群1枚目 設立趣意書
- 2群1枚目 凸に始まり、凸に終わるのであります。- レンズとは、なんじゃらほい
- 2群2枚目 だから「収差」というのです。- とっても収まらない話
- コラム:原田研究員からのメール - 「例のレンズタイプの件」
- 2群3枚目 焦点距離のナゾ- それはいったいどこからどこまでじゃ
- 2群4枚目 エフチの「チ」 - あの数字の並びはいったいどこから来たのか
- 2群5枚目 ガラス作りとコーティング - レンズの要を忘れるべからず
- 2群6枚目 謎の写真用語・説をめぐるアレコレ - あなたは「でっこまひっこま」を知っているか
- 2群7枚目 続・エフチの「チ」 - レンズの開放F値ってどうやって決まるの?
- 3群1枚目 レンズ設計ことはじめ - 設計者の描く理想とは
- 3群2枚目 シミュレータと設計者 - 完成レンズを見通す、見極める
- 3群3枚目 ズーム再考(最高) - そもそもは航空用語だったらしいです
- 3群4枚目 やっぱり単焦点が好き - 「単」とは言え複雑で奥深い
- 3群5枚目 続・やっぱり単焦点が好き - レンズに込められた設計者の想い
- 3群6枚目 「商品企画」というお仕事 - 商品が生まれいづるところ
- 3群7枚目 試作のプロフェッショナルたち (前編) - 設計図と完成品のはざまで
- コラム:原田研究員からのメール - 「交換レンズは3本まで」という法律について
- 3群8枚目 試作のプロフェッショナルたち (後編) - ものづくりの最終工程で行われる試作とは
- 4群1枚目 Zマウントはこうして生まれた - 100年間変えられないことを、考えて、決める
- 4群2枚目 フード首脳会談 - レンズ設計のその果てに
- コラム:原田研究員からのメール - レンズの楽しみ方案内