PHOTO YODOBASHI
ヨドバシカメラ公式オンライン写真マガジン
- 本稿は、写真用レンズについてより深い理解が得られるよう、その原理や構造を出来る限り易しい言葉で解説することを目的としています。
- 本稿の内容は、株式会社ニコン、および株式会社ニコンイメージングジャパンによる取材協力・監修のもと、すべてフォトヨドバシ編集部が考案したフィクションです。実在の人物が実名で登場しますが、ここでの言動は創作であり、実際の本人と酷似する点があったとしても、偶然の一致に過ぎません。
- 「新宿光学綜合研究所」は、実在しない架空の団体です。
3群2枚目 完成レンズを見通す、見極める
シミュレータと設計者
あら3号さん、今日は朝からゴキゲン・・・っていうか何かニヤついてるわね。 |
もうじきボーナスの時期でござる。 |
何か使い道とか決まってるのかしら? |
ええ、もうすでにこの胸に秘めたレンズが。 |
ニヤニヤ、ボーっと口を開けてたって、ボーナスが降ってくるわけじゃないよ。 |
査定期間中にどんな成果・成長が得られたかが重要。所長の評価は大事だね。 |
そ、そ、そのような仕組みがあったのでござるか! |
当たり前じゃないの。頑張って成果を出した人と、サボって成果を出していない人が同じボーナスのはずがないでしょ。詳しくは言えないけど、いろいろな評価項目があるのよ。この時期はそれで私も忙しくて。さてと、3号さんの評価はどんな感じかしらねえ、ふふ。 |
ひょ、評価といえばレンズの性能評価もあるでござるな(汗) |
うわ、すごい強引な持って行き方。この記事の構成を考えるのもなかなか大変なのね。 |
レンズの性能指標でよく知られているものの一つが「MTF曲線」ですね。ところで3号さん、どのレンズをお考えなのですか? |
「NIKKOR Z 50mm f/1.2 S」と「NIKKOR Z 85mm f/1.2 S」が気になっているでござる。そのMTF曲線はホームページでチェックしたでござるよもちろん。 |
MTF曲線って、レンズの仕様のところに必ず出てくるグラフみたいなやつね。 |
NIKKOR Z 50mm f/1.2 SのMTF性能曲線図
NIKKOR Z 85mm f/1.2 SのMTF性能曲線図
MTFとはModulation Transfer Function(変調変換関数)の頭文字を取ったものです。被写体の像を正弦波の組み合わせで表現した場合、被写体の細かいパターン(周波数)がそれぞれのコントラストをどの程度忠実に再現できるかを表現したものです。これだけでレンズの性能がすべて分かるわけではありませんが、レンズの光学性能の一部を分かりやすく数値化したもの、と考えてもらえばいいでしょう。 |
まったくわからないでござる。 |
その説明はかなりハイブローかも知れませんね・・・ちなみに「NIKKOR Z 85mm f/1.2 S」は町田さんが担当したレンズで、「NIKKOR Z 50mm f/1.2 S」は私が担当したレンズなんですよ。 |
あら、ここでもまた原田さんと町田さんの何かのご縁を感じますね。それはそうと、これを見ると結局どっちが良いレンズなわけ? |
「NIKKOR Z 85mm f/1.2 S」は、先に発売された「NIKKOR Z 50mm f/1.2 S」の設計思想を踏襲しています。ところがMTF性能曲線図を見比べると異なったカーブを描いています。その理由は、使われるであろうシーンなどを想定して最良の結果が得られるように各々の設計段階で微妙なチューニングをしているからです。つまりMTF性能曲線図だけでは、そのレンズを実際に使った場合の特性や良し悪しは判断できないのです。 |
うーん、ならばせめてその見方を教えてほしいでござる。 |
MTF性能曲線図の見方ですが、簡単に言うと画面の中心と周辺部でどのぐらい写りの違いがあるかを表しています。横軸はセンサー中心からの距離で単位はmm。つまり左端がセンサーの中心で、右に行くにしたがってより周辺へ移動して行くわけです。そして縦軸は、MTF性能を0~1まで数値化したものです。 |
NIKKOR Z 85mm f/1.2 SのMTF性能曲線図
1が最高点ということでござるな。 |
赤い線と青い線、それに実線と点線の違いは? |
詳しい説明は長くなるので省きますが、線の色は計算している被写体の像の線が、太い細いなどの細かさの違い。赤線は像の解像力が10本/mm、青線は30本/mm。そして実線と点線は計算する方向の違いで、実線が中心から放射方向(サジタル[S])、点線が中心の同心円方向(メリジオナル[M])を表しています。 |
これまたずいぶん難しいことを言うでござるな。 |
難しいですよね。ま、ここでは「そういうものなのね」ぐらいに思ってください。で、このMTF曲線図からは右肩下がり、つまり画面の隅に行くほど点数が下がっていく傾向が見て取れますね。 |
これが縦軸の「1」のところで、真横に一直線になるのが理想ってことなのかな? |
光の性質からしてそんなレンズはありませんし、仮にあったとしても、それが必ずしも理想とは言えません。右肩上がりになるレンズもあまりないですね。レンズの多くは右肩下がりになるのですが、「どのぐらい下がっているか?」がポイントです。ただ、さっきも言ったようにMTF曲線はレンズ性能の一側面を表しているに過ぎないので、これだけで写真用レンズとしての善し悪しを判断するのは尚早です。 |
「MTF信仰」とか「MTF至上主義」みたいな言葉をよく聞きますけどね。ところでMTF曲線を見れば、数値が下がっている理由も分かるんですか? |
なぜ数値が下がっているかという理由まではMTF曲線図だけではわかりません。球面収差の影響なのか?はたまたコマ収差のせいなのか?というところまでは。だから各収差の影響を個別に見ていく必要があるのです。収差については以前お話ししましたよね。 |
ええ、もうばっちりです。 |
ん? 今日は原田さんの誕生日(5月26日)なのに浮かない顔してる? |
あら、おめでとうございます! |
ありがとうございます。しかし私の事はさておき、言いたいことがありすぎてですね・・・ちょっと頭の中で整理していました。実は私、MTFだけを重視した設計があまり好きじゃないですね。 |
おっと、いきなり爆弾発言来た。はい、もっと詳しく(笑) |
MTFは一部の情報を切り出しただけのものなので、写真を見た際の印象に大きく影響するコマ収差の度合いに関する情報も欠落しています。ちなみにそのコマ収差はMTFと兄弟ともいえるPTF(Phase Transfer Function/位相変換関数)を見ないと分からない。結局のところ写りに大きな影響を与えるのは収差。だからMTFが高いか低いかを細かくみてもあまり意味はないんです。ですから私はMTFにあまりこだわらず、収差をきれいに整えることに注力して設計します。MTFがほどほどに高くなるのは、その「結果」。MTFを高くすることを「目的」とした設計はある意味やりやすいのですが、それだと大事な要素が抜け落ちてしまうからやりたくないのですよ。 |
設計者・原田壮基の魂の叫びですね。 |
- 1群1枚目 設立趣意書
- 2群1枚目 凸に始まり、凸に終わるのであります。- レンズとは、なんじゃらほい
- 2群2枚目 だから「収差」というのです。- とっても収まらない話
- コラム:原田研究員からのメール - 「例のレンズタイプの件」
- 2群3枚目 焦点距離のナゾ- それはいったいどこからどこまでじゃ
- 2群4枚目 エフチの「チ」 - あの数字の並びはいったいどこから来たのか
- 2群5枚目 ガラス作りとコーティング - レンズの要を忘れるべからず
- 2群6枚目 謎の写真用語・説をめぐるアレコレ - あなたは「でっこまひっこま」を知っているか
- 2群7枚目 続・エフチの「チ」 - レンズの開放F値ってどうやって決まるの?
- 3群1枚目 レンズ設計ことはじめ - 設計者の描く理想とは
- 3群2枚目 シミュレータと設計者 - 完成レンズを見通す、見極める
- 3群3枚目 ズーム再考(最高) - そもそもは航空用語だったらしいです
- 3群4枚目 やっぱり単焦点が好き - 「単」とは言え複雑で奥深い
- 3群5枚目 続・やっぱり単焦点が好き - レンズに込められた設計者の想い
- 3群6枚目 「商品企画」というお仕事 - 商品が生まれいづるところ
- 3群7枚目 試作のプロフェッショナルたち (前編) - 設計図と完成品のはざまで
- コラム:原田研究員からのメール - 「交換レンズは3本まで」という法律について
- 3群8枚目 試作のプロフェッショナルたち (後編) - ものづくりの最終工程で行われる試作とは
- 4群1枚目 Zマウントはこうして生まれた - 100年間変えられないことを、考えて、決める
- 4群2枚目 フード首脳会談 - レンズ設計のその果てに
- コラム:原田研究員からのメール - レンズの楽しみ方案内