PHOTO YODOBASHI
ヨドバシカメラ公式オンライン写真マガジン
3群6枚目 商品が生まれいづるところ
「商品企画」というお仕事
設計にいた時は、初めから到達点、つまり「答え」が与えられていて、それに向かって進んでいました。設定されたスペックを実現するためにどうすればいいのかというのは、自分で導き出すことができるわけですね。もちろん簡単なことではありませんが、少なくとも進むべき方向が北なのか南なのかさっぱり分からない、ということはない。 |
それは何となくわかります。 |
それに対して商品企画は、そもそも「答え」がないんです。最初から雲を掴むような感じで、設計とは真逆です。答えは北にあるのか南にあるのか、それすら考え方次第。さらに、自分にとっての正解が、他の人にとってはそうではなかったりもする。 |
そういうことかあ。 |
最初が違っていたら最後まで間違ったまま、という責任重大な仕事です。「これが正解だ」と確信を持って言えるようにするためには、あらゆる角度から考えなくちゃいけないんだなというのが、商品企画へ来て気がついたことです。 |
難しいお仕事なのがよくわかるお話ですね。 |
なので、この「自分で答えを探す」ということの難しさが、新人がぶち当たる壁だと思います。 |
その時、どんなアドバイスをするのでござるか? |
とにかくいろんな人と話をしなさいと言いますね。データとにらめっこするだけではなく、人と会って、顔を見て話すこと。私は設計の部署にしょっちゅう顔を出すようにしているんですが、それはそこでの会話の中に、新しいアイディアや問題解決のヒントを見つけることが多いから。壁にぶつかったら、ただひとりで悶々とするのではなく、いろんな人と顔を見て会話をするのがいいと思います。 |
しっかり会話をする・・・ここまでにも何度か出てきたワードですが、これは、他人と関わるすべての仕事に当てはまることですよね。 |
そもそも、ものづくりは一人ではできないですから。 |
そんな堺さんも、つい数年前は「商品企画初心者」だったんですよね。 |
設計と商品企画のやり取りは日常的にありましたから、仕事の内容は知っているつもりだったんですけど、実際に来てみると大違いでしたね。私自身、その「答えがない」ということに最初は戸惑いました。「自分で答えを探す」って、こんなに心細いことなのかと。 |
やっぱりそうだったんだ。 |
あとは、関わる人の数が圧倒的に増えました。 |
登場人物が多い? |
商品の企画って、実はいろんな部署と調整や連携をとりながら進められているということを改めて知りました。営業、マーケティング、広報、製造、その他いろいろ。設計にいた時は会話の相手が限られていたので、こりゃあ大変だぞと。 |
登場人物が多い中で、ハブとなってまとめ上げるのが商品企画なんです。企画力だけじゃなくて、調整力とコミュニケーション力も問われる仕事です。 |
「NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct」のことですね。えーと、これはどう答えればいいんでしょうね?(笑) 質問を拡大解釈して答えさせてもらっていいですか。 |
むしろ、そうしていただけるとこちらも助かります。ホントすいません。 |
Noctが発売された時、私はまだ設計にいたんですが、今、商品企画の人間としてこれを見ると、この企画をよく通したなと、まずはそこに驚きと尊敬があります。 |
驚きと尊敬? |
「Zマウント」の採用によって得られた設計自由度の高さを、いちばんわかりやすい形で表現したかったんだと思います。F0.95のマニュアルフォーカスですよ。これ以上に趣味性が高いレンズは他にないでしょう。需要はそれほど高くない上に、製造コストは嵩む。つまり会社の収益に対する貢献という面から見たら、決して大きな期待はできない。それでも商品として出した。これって、ものすごくパワーのいることなんですよ。 |
もう、これをやりたかった、その一心だったんでしょうね。もちろん売る側だって、飛ぶように売れるとはハナから思っていないでしょうし。 |
それが実際に商品となって発売されたというのは、本当にすごいことです。とにかく「Zマウントで出来ることの象徴」なのだと思います。すべての関わった人たちの想いやパワーが現実になった。 |
すべての関わった人たちの想いやパワーが現実になる・・・いい言葉だなあ。もちろんこのNoct、簡単に買える価格ではありませんが、他のニコンの製品もみんなそうやって生まれてきているんだろうなって、お話を聞いていると想像できます。 |
最近のレンズって、大きくて高くなっている気がするのでござるが。 |
やっぱり高いとお感じになりますよね。消費者としての私もそう思います(笑)。本当はもっと安価にご提供したいですし、その努力は精一杯しています。ただ、大事なのはその商品自体の価値や、そこから得られる満足感とのバランスだと思います。 |
それは確かにその通り。 |
高かったけど、そのお金を払って正しかったとお客様に思ってもらえるように、スペック自体をオンリーワンなものに仕上げることを目指しています。商品企画や設計をはじめとする、関わる人たちの想いが乗ることで、スペック以上の付加価値が生まれると自分は信じています。具体的には最新技術を導入したり、前もって技術的な仕込みを設計にお願いしたりといったこと。そういう努力を日々続けています。 |
大きさに関してはいかがでしょう。 |
スマートフォン1台ですべて済んでしまう世の中になって、みなさん物を持たなくなってきていますよね。そうした状況で「サイズ」というのは極めて大きなポイントです。なので、今でも小さく軽くなるように作ってはいるんですが、さらに押し進めていく必要がありますね。 |
私がよく知っている、とある50mm F1.2のレンズは、あの写りを実現する最小サイズだと胸を張って言えるんですけど。あれも1g単位で軽くなるよう努力しているので・・・メカ設計者だけじゃなくて私も。 |
そのレンズの素晴らしさについては前回、たっぷりお話しいただいたので大丈夫ですよ(笑) |
何をもって「企画のスタート」とするかによりますが、ユーザーの声や現場からのリクエストを一切考慮せずに企画された商品はありません。そういった情報を集めて分析し、「じゃあ次の商品はこうしよう」に昇華させるのがわれわれの仕事。なので、すべての商品は商品企画がスタートだとも言えるし、商品企画以外がスタートだとも言える。 |
それはそうですよね。 |
この質問が、「外部からの具体的なアイディアやリクエストが “そのまま” に近い形で実現することはあるか?」という意味だとすると、これはあります。 |
やはりあるのでござるな。そういうケースは、商品企画から見たらウェルカムでござるか? |
当然、ウェルカムです。もちろんいただいたアイディアをすべて商品に反映させるのは不可能ですし、優先順位とか、商品としてどう位置づけるかはわれわれの方で考えますが、大歓迎です。最終的な目的は、ニコンらしい、魅力ある商品を世に出してお客様に喜んでもらうことですからね。 |
設計側からの「こんなのできるけど、どう?」的な提案もありますよ。 |
そうそう。光学設計の方からも提案をよくいただいて、これは商品アイディアの大事な源泉になっています。 |
商品企画の元となる、ユーザーの声はどこから集めるんですか? |
例えば、「国際なんとか」とか「ワールドなんとか」のような大きなスポーツイベントがあれば、その取材現場から意見を聞きます。レビューサイトの書き込みや、SNSももちろんチェックしています。とにかくソースを限定せず、あらゆるところから集めています。あと大事なのは、グローバルの販売拠点からの意見ですね。 |
グローバル・・・意見やリクエストの内容に国や文化の違いはありますか? |
大いにあります。海外の方のほうが「こういうスペックのものが欲しい」と、ズバリ言ってくれます。それに対して日本の方は「こういうのもいいよね。ああいうのもいいよね」という感じで、ふわっとした言い方をされる。国民性の違いでしょうね。 |
本当に欲しがっている物は何かを分析するのは、実は日本人のほうが難しかったりするんですね。 |
どう解釈していいかわからない場合は実際に聞きに行ったりもします。その点、海外の人のほうが「自分が何をしたいのか」が明確なんですよね。私はこういう写真が撮りたい、だからこういうものが欲しい、早く作ってくれと。すごくシンプル。そういうイメージがあります。 |
いよいよ最後の質問になりました。 |
上手いことを言えと。ハードル高いなあ。 |
それでは上手いことを言っていただきましょう。さあ、どうぞ! |
えー、それでは。商品企画とかけて、ホームシックになった宇宙飛行士とときます。 |
お、謎かけで来ましたね。そして、その心は? |
常に明日(Earth)を見つめて、自分が買える(還る)日を心待ちにしています。 |
座布団10枚! |
- 1群1枚目 設立趣意書
- 2群1枚目 凸に始まり、凸に終わるのであります。- レンズとは、なんじゃらほい
- 2群2枚目 だから「収差」というのです。- とっても収まらない話
- コラム:原田研究員からのメール - 「例のレンズタイプの件」
- 2群3枚目 焦点距離のナゾ- それはいったいどこからどこまでじゃ
- 2群4枚目 エフチの「チ」 - あの数字の並びはいったいどこから来たのか
- 2群5枚目 ガラス作りとコーティング - レンズの要を忘れるべからず
- 2群6枚目 謎の写真用語・説をめぐるアレコレ - あなたは「でっこまひっこま」を知っているか
- 2群7枚目 続・エフチの「チ」 - レンズの開放F値ってどうやって決まるの?
- 3群1枚目 レンズ設計ことはじめ - 設計者の描く理想とは
- 3群2枚目 シミュレータと設計者 - 完成レンズを見通す、見極める
- 3群3枚目 ズーム再考(最高) - そもそもは航空用語だったらしいです
- 3群4枚目 やっぱり単焦点が好き - 「単」とは言え複雑で奥深い
- 3群5枚目 続・やっぱり単焦点が好き - レンズに込められた設計者の想い
- 3群6枚目 「商品企画」というお仕事 - 商品が生まれいづるところ
- 3群7枚目 試作のプロフェッショナルたち (前編) - 設計図と完成品のはざまで
- コラム:原田研究員からのメール - 「交換レンズは3本まで」という法律について
- 3群8枚目 試作のプロフェッショナルたち (後編) - ものづくりの最終工程で行われる試作とは
- 4群1枚目 Zマウントはこうして生まれた - 100年間変えられないことを、考えて、決める
- 4群2枚目 フード首脳会談 - レンズ設計のその果てに
- コラム:原田研究員からのメール - レンズの楽しみ方案内