PHOTO YODOBASHI
ヨドバシカメラ公式オンライン写真マガジン
3群5枚目 レンズに込められた設計者の想い
続・やっぱり単焦点が好き
まず再三、話に出ているように「より明るく、明るさの割にはより小さく」できるのが単焦点レンズの強みです。 |
承知しております。 |
そして、その「強み」は、もちろんこのレンズにも生かされております。 |
んー。そこなんですよねえ。先ほども引用した原田さんの「これでも限界ギリギリに小さくした」という言葉の意味はもちろん理解できるんですけど、でも実際問題、これが「限界ギリギリ」とはどうも・・・。 |
ちょっとお聞きしますが、「いいレンズ」って、どんなレンズだと思いますか? |
うーん、それは一概には言えませんね。 |
ですよね。 「いいレンズ」の定義なんて、使う人の数だけあります。それは作る側だって同じ。メーカーによって、いやそれどころか、設計者によっても「いいレンズ」の定義は違う。 |
でも「いいレンズ」として当然クリアされているべきハードルはありますよね。例えば解像力とか、収差とか、シャープネスとか。 |
おおっ、それはもう、答えを半分言ってくれたようなものですよ。 |
ん? どういうことですか。 |
いま言われた解像力とか収差、シャープネスのような、測定値で優劣をつけられるものを良くするだけなら、もっとずっと小さくできるんです。でもそこだけ掘った先に、何がありますかね? それらに関しては、どこかで限界がきます。もちろん極めて大事なことではありますけど、無限に良くしていけることではないですから。 |
前回の最後を思い出しますね。 |
たとえば、Leitz Elmar 50mm F3.5というレンズがあります。ライツというのは現在のライカ。実に100年前の、笑っちゃうほど小さな、ごく簡単な作りのレンズですが、私はこのエルマーが、現代でも完璧に通用するレンズだと本気で思っているんです。 |
ええ、確かに名玉だと思います。でも今でも通用するというのは、ちょっと言い過ぎじゃないですかぁ? 原田さんはオールドレンズマニアですから思い入れがあるのはわかりますけど、要するに「今のレンズにはない、ノスタルジックな味わい」みたいなことでしょう? |
オールドレンズの魅力がその程度のことだったら、私はここまでハマらなかったでしょうね。確かに、測定値的な「性能」と呼ばれる部分に関して言えば、現代のレンズほど良好ではないと思います。 |
でしょうね。 |
でもね、われわれがレンズに求めていることって、本当は何なんだろうって、エルマーを使ってみると考えさせられるんですよ。 |
それはいったい何ですか? |
「ファインダーを覗いた時に、私には被写体がこんなふうに見えている。だからその通りに写って欲しい」って、ただそれだけのことなんじゃないですかね、実は。その願い通りの写りをしてくれた時に、そのレンズに対する満足と感動が生まれる。 |
「被写体をリアルに」じゃなくて、「自分に見えているように」がポイントなのね、きっと。でも決して小難しい話ではなくて、極めてシンプルなことのように思える。 |
本当に大事なのは、レンズを使うのは測定器ではなく、人間だってこと。写真は人間が五感を研ぎ澄ませて撮るもの。そして写真を見る時も、視覚だけで認識しているわけではなく、ましてやカタログにあるスペックで判断しているのでもなく、やはり五感で感じ取っていると思うんです。そういう人間の偉大な知覚能力と写真の関係について、ニコンは、あるいは原田は、どう考えているかってこと。 |
もはや哲学の領域ですね。 |
でも作り手の哲学が感じられない商品なんて、つまらないじゃないですか。世の中には作り手の哲学がこもった商品がたくさんあります。私は、そういうものには喜んでお金を払います。 |
このレンズもそういう商品だっていうことですよね。 |
というわけで結論。このレンズの大きくなった部分には、ニコンの「いいレンズとは何か?」についての哲学がぱんぱんに詰まっているんです。 |
なるほど、納得いたしました。で、その哲学というのは? |
よろしい。ではこれから、それをお話しします。 |
あっ、やっぱりちょっと待った! たぶん、長くなりますよね(半笑)。 このあと、それをお聞きするチャンスがあると思うんで、ここはいったん・・・ |
さて、疑惑がひとつ解明されたところで、原田さんが担当された「NIKKOR Z 50mm f/1.2 S」と、町田さんが担当された「NIKKOR Z 85mm f/1.2 S」のお話を聞きましょう。 |
じゃあ、まず原田さんの50mmから。とは言え、発売されてすぐにインタビューをしてるんですよね。 |
ああ、あの「集中力が続かないから最初のアイディア固めに3日以上かけない」ってやつでござるな。 |
え? そこ? もっといい話をいっぱいしたと思うんだけどなあ。 |
というわけで原田さん。さっきの哲学の話も絡めて、あの時のインタビューで話していない開発秘話をひとつお願いします。 |
- 1群1枚目 設立趣意書
- 2群1枚目 凸に始まり、凸に終わるのであります。- レンズとは、なんじゃらほい
- 2群2枚目 だから「収差」というのです。- とっても収まらない話
- コラム:原田研究員からのメール - 「例のレンズタイプの件」
- 2群3枚目 焦点距離のナゾ- それはいったいどこからどこまでじゃ
- 2群4枚目 エフチの「チ」 - あの数字の並びはいったいどこから来たのか
- 2群5枚目 ガラス作りとコーティング - レンズの要を忘れるべからず
- 2群6枚目 謎の写真用語・説をめぐるアレコレ - あなたは「でっこまひっこま」を知っているか
- 2群7枚目 続・エフチの「チ」 - レンズの開放F値ってどうやって決まるの?
- 3群1枚目 レンズ設計ことはじめ - 設計者の描く理想とは
- 3群2枚目 シミュレータと設計者 - 完成レンズを見通す、見極める
- 3群3枚目 ズーム再考(最高) - そもそもは航空用語だったらしいです
- 3群4枚目 やっぱり単焦点が好き - 「単」とは言え複雑で奥深い
- 3群5枚目 続・やっぱり単焦点が好き - レンズに込められた設計者の想い
- 3群6枚目 「商品企画」というお仕事 - 商品が生まれいづるところ
- 3群7枚目 試作のプロフェッショナルたち (前編) - 設計図と完成品のはざまで
- コラム:原田研究員からのメール - 「交換レンズは3本まで」という法律について
- 3群8枚目 試作のプロフェッショナルたち (後編) - ものづくりの最終工程で行われる試作とは
- 4群1枚目 Zマウントはこうして生まれた - 100年間変えられないことを、考えて、決める
- 4群2枚目 フード首脳会談 - レンズ設計のその果てに
- コラム:原田研究員からのメール - レンズの楽しみ方案内