ソニーEマウント完全レビューブック
巻頭口絵 プロダクションノート

Vol.2 faces（by A.Inden）

「どうして同じ焦点距離のレンズをたくさん持ってるの？」とよく聞かれます。うーん、どうしてでしょうね（笑）。少し言い訳がましいですが、レンズは野菜と同じで、作られた場所や作られ方によって味が違うので仕方がない、と思っています。野菜なら割と簡単に食べ比べることができますが、レンズを撮り比べるのは少々敷居が高い。そこで手助けとなるのがレンズのレビュー。ソニーのレンズを野菜に例えるなら、パリッとして瑞々しく、味わいが深い。この材料をどう調理すればその個性を活かせるか？われわれPYが散々悩みながら撮ってきたレビューの集大成が「ソニーEマウントレンズ 完全レビューブック」です。どうぞご活用ください。

私が担当した巻頭口絵「faces」は、被写体と真っ正面から対峙した、問答無用のど直球ポートレート。FE 85mm F1.4 GMを「パリッとした強い光」と「しっとりしたコクのある光」という、両極端の雰囲気を演出して撮影してみました。光のイメージは、ヨーロッパの、夏の刺すような硬い光と、冬の小さな窓から差し込んで部屋中の色を拾いながら拡散した光。

まずは、あれこれ考える

ポートレートなんて、その人に会って湧いてきたインスピレーションで撮ればいいじゃん。と簡単に考えてサクッと撮影したいのはヤマヤマなんですが、そんなことができる（それで許される）のは達人だけ。当然そんな域ではないので、撮影前に全ての条件を考えに考え抜きます。ロケハンで場所を事前に見ておくとか、天気予報を確認するぐらいは当たり前。Sun Pathで太陽の位置を読み、さらにはFacebookやTwitterでその人の雰囲気を知る。そうやってひとつずつ未確定要素を減らし、自分の中の不安をなくしていくわけです。

さて、当日の現場で

ここまで来たら、あとはなるようにしかならないので、イメージが違おうが、想定外のことが発生しようが、気にしないことです。一つだけアドバイスがあるとしたら（これはあえて言うまでもない、最低限のマナーですが）、約束の時間に絶対に遅れないこと。特にポートレートは表情がすべて。撮影の前にビミョーな空気が漂ってしまったら、その時点で撮影は失敗です。それに遅刻は、貴重な撮影時間を自ら放棄することでもあります。できればかなり余裕を持って現地へ行き、あたりを散策したり、カフェがあればコーヒーを飲んだりして「その場の空気に自分を馴染ませる」ぐらいがちょうどいいと思います。会うなり謝ったり（あるいは言い訳をしたり）、大慌てで準備したり、そんな状態でいい撮影なんて望むべくもありませんからね。

パリッとした強い光

Yamashitaさんの撮影ロケーションは、天窓から斜めに差し込んでくる光が印象的な、天井の高い真っ白い空間のイートインスペース（ご自身は「食堂」と呼んでいる）。できるだけ強い光が欲しかったので、空気が澄んでいる午前中にお願いしました。光の強さと透明感を表現するため、顔には影を入れて明暗をはっきりさせ、露出はあえてハイライトを飛び気味に。ハイライトを飛ばすのはNG、とよく耳にしますが、そんな決まりはありません。眩しさを感じるぐらいの演出が上手くハマったと思います。自画自賛。普段は優しい語り口と優しい表情のYamashitaさんですが、あえて真剣な表情をしてもらいました。光に合わせた表情が欲しかったこともありますが、この「食堂」から新しい文化を発信したいという、Yamashitaさんの強い意志を表現したかったからです。撮影前の少し緊張した空気の中、Yamashitaさんがカリカリと豆から引いて丁寧に入れてくれたコーヒーが本当に美味しかったです。あの一杯で、お互いの緊張感が解けました。

しっとりしたコクのある光

Lee’s Breadは古民家をリノベーションしたお店。路地裏にあるため夕方になると冬の低い光は届かず、空から降りてくる柔らかい光に包まれます。同じ柔らかい光でもディフューズされた光にはコシのようなものがあります。でもLeeさんを撮影した光は方向性すら感じられない残照のようなもの。よくこんな光で立体感が出るなと感心したのですが、レンズの特性を考えれば、予想通りの厚みのある描写。計算どおり、完璧、天才、と勝手に納得。Leeさんには空気のように、自然にその場に溶け込んで欲しいと考えていたので、「え、もう終わったの？」という言葉が出るぐらいの短い撮影時間を、あえて演出してみました。撮影当日、思ったようにパンが焼けずに焼き直すというアクシデントがあったようで、こんな時に大丈夫かなと不安になりましたが、なんとか狙い通りの雰囲気の一枚が撮れました。いい写真が撮れれば、却ってこのアクシデントがよかったのかなーと考えるぐらいのお気楽さも必要。

今回の撮影で撮った全カット（151カット）。黄色く囲ったのが採用カット。出来上がりのイメージを細かいところまで固めてから撮影に臨んだので、バリエーションは少ない。無駄な仕事をしないというのは自分にとっても、相手にとっても大事なこと。もちろん、これは被写体が人間だから為せる業。相手がコハクチョウでは、こうは行くまい。

ところで、この二人はどんな人？

どちらも、地元に根ざした小さなパン屋さんです。その味と人柄を求めて多くの人が遠くから訪ねてきます。本当は直接行って美味しさと雰囲気を味わって欲しいのですが・・・詳しくはこちら。（A.Inden）

"Boulangerie Yamashita"
http://www.boulangerieyamashita.com/

"Lee's Bread"
https://www.facebook.com/leesbread4u

( 2018.05.16 )