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祝 PENTAX 100周年! - Chapter 2
ユーザーに寄り添った100年

「PENTAX」は 2019年11月27日に旭光学工業合資会社(当時)の誕生から100周年を迎えました。1919年東京・大塚でレンズなどを製造するメーカーとしてスタート、1952年国産初となる一眼レフカメラ「アサヒフレックスⅠ」を発表、一眼レフカメラの先駆者としての道を歩み始めました。製品名にペンタックスが初めて使われたのは1957年、世界で初めてクイックリターンミラーとペンタプリズムを両方搭載した「アサヒペンタックス(後にAPと呼ばれる)」の製品名としてでした。その由来は諸説ありますが、ペンタプリズム(正式名称:ペンタゴナルダハプリズム)とレフレックスとを合わせた造語とする説が多いようです。その後、多くのカメラを世に送り出してきましたが、社名としてペンタックスが使われたのは2002年10月1日から。旭光学工業株式会社からペンタックス株式会社に変更しブランド名が正式な社名となりました。ペンタックスが社名に使われたのが平成になってからとは驚きですね。ペンタックスを使ってる多くの方が愛称「アサペン」と呼んでいるのは、懐かしさからだけでなく「アサヒ」に対する愛着のようなものでしょうか。その後、2011年にペンタックスリコーイメージング株式会社、2013年にリコーイメージング株式会社となり現在に至っています。

100周年を迎えるにあたりペンタックスの歴史を調べてみると、カメラを使いやすくするために新しい技術を開発してきたストーリーが描かれていました。読み進めていくうちに、もしペンタックスがなければ日本が一眼レフで世界を引っ張って行けなかったのではと、そんなことすら考えてしまいました。にわか勉強のため100年の歴史を詳しく紹介することはできませんが、少しでもペンタックスの物語に触れていただければ幸いです。

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1955年発売のIIA。クイックミラー搭載のIIBにスローシャッターが組みこまれたもの。レンズ付きで当時の発売価格が35,500円、大学卒の初任給が10,000円前後だった時代ですから高価なものだったんですね。

未来技術遺産!?

2019年9月3日に100周年を祝うかのような喜ばしい発表がありました。1952年に発表された「アサヒフレックスI」が国立科学博物館の「未来技術遺産」(正式名称は重要科学技術史資料)に登録されたのです。2008年から始まったこの制度は科学技術史資料のうち、「科学技術の発達上重要な成果を示し、次世代に継承していく上で重要な意義を持つもの」や「国民生活、経済、社会、文化の在り方に顕著な影響を与えたもの」に該当する資料を選定し、『重要科学技術史資料登録台帳』に登録するというものです。第00279号として登録された理由は「ファインダーのブラックアウトを解消するエバーリターンミラー(シャッターボタンを押し込む力によってミラーを上げ、シャッターボタンを放すことによって下げる方式)の搭載が、その後の本格的なクイックリターンミラーの開発につながり、一眼レフをカメラの主流に導く原動となり、日本が世界を席巻した一眼レフカメラを独自技術で製品化した最初の機種として重要であるため」とあります。

クイックミラー搭載機は2年後の1954年発売の改良型のアサヒフレックスIIB。実際どんな風にミラーが戻るのか、そしてどんな音がするのか気になり中古で手に入れてきました。60年以上前のカメラ、購入できたのはIIBにスローシャッターが搭載されたIIA。シャッターを押してみると小さなミラーが戻りカシャっと音が。今では当たり前の動きですが、このシンプルな動作が世界を席巻した技術の始まりかと思うとグッとくるものがあり思わず動画にしてみました。


世界初‼︎

今では当たり前にカメラに使われている技術には、ペンタックスが世界で初めて開発したものが多くあります。クイックリターンミラーとペンタプリズム両方の搭載、TTL測光、TTL開放測光・自動露出機能、多層コーティングレンズ。そんな世界初を時系列で並べて見ると、新しい技術が生まれてくる背景に、もっと便利に、もっともっと簡単にカメラを使いたいというモチベーションがあるような気がしてきませんか。

  • 1957年 - 世界で初めてクイックリターンミラーとペンタプリズムを両方搭載した「アサヒ・ペンタックス(AP)」発売
  • 1960年 - フォトキナで世界初TTL測光一眼レフ「アサヒペンタックス・スポットマチック(SP)」発表
  • 1971年 - 世界初の多層膜コーティングレンズである「スーパー・マルチ・コーティング(SMC)」を開発
  • 1971年 - フォーカルプレーン機としては世界初のTTL開放測光・自動露出機構搭載「アサヒペンタックスES」発売
  • 1981年 - 世界初のTTLオートフォーカス一眼レフカメラ「ペンタックスME-F」発売
  • 1986年 - 世界初のズームコンパクトカメラ「ペンタックス・ズーム70」発売
  • 1987年 - 世界初のフラッシュ内蔵オートフォーカス一眼レフカメラ「ペンタックスSFX」発売
  • 1997年 - 世界初のレンズ交換式AF中判一眼レフカメラ「ペンタックス645N」を発売

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左下「SP」1964年発売。筆者が写真部にいた当時半分以上の部員が使っていました。一眼レフで写真を楽しみたい人の救世主のような存在でしたね。左上「auto110」1979年発売。110サイズの大きさでワインダーなどのシステムを実現した世界最小の一眼レフ。右「LX」1980年に60周年を記念して作られたハイエンドの一眼レフ。自分で削ることのできるグリップに憧れたものです。

一眼レフへの思い入れ⁈

1955年発売の「アサヒカメラ」の機材批評(アサヒフレックスII)を読むと、アサヒフレックス発売から1年以上、国産一眼レフはペンタックスの独壇場と書かれています。確かにその当時の機材広告は二眼レフとライカ版レンジファインダー機のみ、唯一服部時計店がアサヒフレックスの広告を出しているだけでした。この記事と広告で面白いところは、クイックリターンミラーの話が出てきていないところ。確かに二眼レフとレンジファインダー相手にブラックアウトの話をしても仕方ないですね。

ペンタックスは初めて手がけたカメラ(アサヒフレックス)が一眼レフ。その後35mm判だけでなく様々なフィルムサイズの一眼レフを発売しています。1969年フィルムサイズ6x7、通称「バケペン」と呼ばれる「PENTAX 6x7」の発売。「バコン」というミラーの音は、モデルを撮るときにいいアクセントになりました。1979年フィルムサイズ110の「auto 110」の発売。ファインダーは全面マットで中央がスプリットイメージ、ミラーはもちろんクイックリターン式、ワインダーなどアクセサリーが豊富でコンプリートに憧れたものです。1984年にセミ判カメラ「PENTAX645」、1998年に世界初のレンズ交換式AF中判一眼レフカメラ「PENTAX645N」を発売。長きにわたってほとんどのフィルムフォーマットを一眼レフでカバーしてきました。そして、デジタルになった今も35mm判フルサイズ(K-1)、APS-C(KP)、中判(645D)と一眼レフでカバーしています。

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カメラ好きが集まる会社

この特集を始めるにあたり、とある居酒屋でペンタックスOBの方にお話しを伺う機会がありました。インタビューという大袈裟なものではなく飲みながらでしたが、お話の中に「へー本当ですか!?」と言うような話題がキラキラと輝いていて、ペンタックスがカメラを作ってきた原点のようなものが感じられました。たとえば、新製品の試作品を検討する会議に担当外の部署の人がきて、それぞれ意見を言ってくれるのだとか…なんて自由なんでしょう。風通しの良い、アットホームな雰囲気の会社。みんなカメラ好きで、写真を撮りたくて、自社のカメラの出来が気になって仕方ない、そして誇りを持っている。きっと笑顔で「あーでもないこーでもない」と言いながらカメラを作ってるんだろうと、だから人間味のあるカメラを世に送り出すことが出来るんだなと思えてきました。

100年のストーリーの中には、まだまだ気になるキーワードがたくさんあります。100種類のカラーバリエーション(思いだすのはヨドバシカメラの店頭に並んでる様子。壮観で思わずレンズなしでボディーを買ってしまいました)、コレジャナイロボット(カメラ本体は買えなかったので、木製のロボットを手にいれました)、ナノブロック(子供たちがはまって、ブロックだらけになりとても撮影できるような状態ではありませんでした)、Limited(第3回で触れます)、星空(第4回で紹介します)等、ここでは詳しく紹介いたしませんが「なにそれ」と思われた方は、ペンタックス+キーワードで検索してみてください。ペンタックスという沼への招待状が待っていると思います。

次回から2回にわたり、こんなペンタックスの現行機材を濃ゆく紹介します。しばらくお待ちください。

( 2019.12.04 )