PHOTO YODOBASHI
ヨドバシカメラ公式オンライン写真マガジン
3群3枚目 そもそもは航空用語だったらしいです
ズーム再考(最高)
ズームにはズームの、単焦点には単焦点の難しさがあるので、一概にどちらが簡単/難しいとは言えませんが、でもやっぱり難しいですよ。そして奥が深い。その理由をひとことで言うと、登場人物の多さです。 |
登場人物? |
例えばこれを見てください。 |
単焦点レンズ(左)とズームレンズ(右)のレンズ構成
単焦点レンズ:NIKKOR Z 40mm f/2、
ズームレンズ:AF-S NIKKOR 180-400mm f/4E TC1.4 FL ED VR(内蔵テレコンバーター使用時)
ああ、もう、一目瞭然だね。 |
なるほど、「登場人物」ね。 |
単焦点レンズがシンプルな短編小説だとしたら、ズームレンズは登場人物がわんさか出てくる長編小説。 |
「あれ、この人誰だっけ?」ってなるやつ。 |
でも小説に登場人物がたくさん出てくるのは、ストーリーを完結させるために必要だからだし、それぞれの行動やセリフも計算し尽くされたものですよね。必要のない登場人物なんて一人もいないし、意味のないセリフだって一つもない。 |
確かに。 |
ズームレンズも同じで、こんなにたくさんレンズが入っていても無駄なレンズは1枚もなくて、それぞれのレンズが自分の仕事をきっちり、そして最大限効率的にこなして、やっと1本のレンズとして成立しているわけです。でも、そこまで持っていくのがホントに大変なんですよ。 |
難しいことはよく分かりませんが、これを見るだけでご苦労をお察しします。 |
前にも同じことを言いましたが、長編小説こそ「構成力」がものを言います。そこが弱いと、読んでいる方は内容がさっぱり分からなくなる。レンズも同じ。 |
具体的にはどのへんが大変なんでござるか? |
まず、どうしてズームレンズにはレンズがたくさん入っているかというと、「どの焦点域でも満足な写りにするため」です。 |
しかし、そのレンズの多さが、厄介を呼び込むことにもなるわけです。 |
ある焦点域でバッチリでも、ちょっと焦点距離を動かすとそれが破綻し、それじゃあってんであるレンズに手を加えると、さっきまで良かった焦点距離がダメになる。いろいろ探りながら微調整をして、やっとワイド端とテレ端で満足できるものが作れたと思ったら、今度は真ん中あたりがダメ・・・まさに「あちらを立てれば、こちらが立たず」ですよ。延々とこれの繰り返し。 |
聞いてるだけで気が遠くなってくる。 |
前回お話ししたシミュレータのおかげで、調整後どのように結果が変わったか? はすぐに分かるのでその点は良いのですが、「ここをこうするがよい。そうすれば全ての問題は解決されるであろう」みたいな神の声までは聞かせてくれませんからね、シミュレータは。 |
もしそれができるようになったら、人間の設計者は・・・ |
・・・ま、まぁそんな感じで、100年前の設計者が想像もしていなかった新たなレンズ設計の苦労を、今私たちがしているわけです。そこでヒイヒイ言いつつも、細かい問題の突破口を一つずつ見つけて、冒頭で言ったような「技術革新」に繋げているんです。 |
そもそもズームレンズの仕組みってどうなってるんですか? |
レンズの内部で、レンズが前後に動いているのは知ってますよね? |
はい、それは知ってます。 |
単焦点レンズの場合、レンズが動くのは「ピントを合わせる」ためです。そしてその動きは比較的単純です。 |
ピントを合わせるだけですもんね。そこにもいろんな技術が注ぎ込まれているから、「だけ」なんて言ったら失礼だけど。 |
ところがズームレンズの場合は、「焦点距離を無段階に変える」ためにまずレンズが動き、そこに「ピントを合わせる」という動きが加わる。 |
ズームレンズの「焦点距離を変える」ためのレンズの動きのイメージがこちらです。単焦点レンズのピント合わせのような単純な前後移動ではなく、焦点距離に応じて、内部の各レンズは複雑な動きをします。さらにここにピント合わせの動きが加わるわけですが、それはもう、イメージ図では表現できない。 |
次々とカタチを変えるロボットのおもちゃがあるでござろう。最初は人型ロボットなんだけど、パッとカタチを変えてクルマになったり、かと思えば今度は飛行機になったり・・・ズームレンズはアレでござるな。 |
テレ端の時にはこのレンズが必要だけどワイド端では使わない、なんてことはできませんし、順番を入れ替えることもできない。レンズの大きさや曲率を変えることも不可能。変えられるのは各レンズの位置による相互関係だけ。それだけでまったく違うレンズへ次々とトランスフォーム(変身)させる。まさにそれですね。 |
かなり高度なパズルですよ、ズームレンズの設計って。 |
ズームリングを回せば当たり前のように焦点距離が変わって、どの焦点距離でも当たり前のようにきれいに写りますが・・・いやぁ、大変なんですね。 |
でしょう? 分かってもらえます? この苦労・・・ |
実際には、どういう仕組みで各レンズが動いているのかしら? |
「カム」と呼ばれる、回転運動を直進運動に変換するパーツを使います。各レンズが設計通りに動くように、このカムが設計されています。 |
カムが実際に動く様子
ただの溝が彫られた円筒形の部品だけど、実はめちゃめちゃ精密に作られているわけね。 |
でしょう?ズームレンズの中身を見ると、その精密メカと光学、電気部品などの競演で興奮しますよ!!!(この後1万字割愛) |
レンズの設計って、光学の部分だけでは成立しないんです。光学的にどれだけ優れた設計であろうと、商品として世に出た時に、実際に手に触れたり、操作をするのはすべてメカの部分。メカ設計で「商品としての善し悪し」が最終的に決まってしまうと言ってもいいでしょう。 |
光学設計者とメカ設計者が常にパートナーであり、二人三脚と言われたりする理由が、なんとなく分かるでしょう? そのあたりもいずれお話しする機会があると思うので、楽しみにしていてくださいね! |
- 1群1枚目 設立趣意書
- 2群1枚目 凸に始まり、凸に終わるのであります。- レンズとは、なんじゃらほい
- 2群2枚目 だから「収差」というのです。- とっても収まらない話
- コラム:原田研究員からのメール - 「例のレンズタイプの件」
- 2群3枚目 焦点距離のナゾ- それはいったいどこからどこまでじゃ
- 2群4枚目 エフチの「チ」 - あの数字の並びはいったいどこから来たのか
- 2群5枚目 ガラス作りとコーティング - レンズの要を忘れるべからず
- 2群6枚目 謎の写真用語・説をめぐるアレコレ - あなたは「でっこまひっこま」を知っているか
- 2群7枚目 続・エフチの「チ」 - レンズの開放F値ってどうやって決まるの?
- 3群1枚目 レンズ設計ことはじめ - 設計者の描く理想とは
- 3群2枚目 シミュレータと設計者 - 完成レンズを見通す、見極める
- 3群3枚目 ズーム再考(最高) - そもそもは航空用語だったらしいです
- 3群4枚目 やっぱり単焦点が好き - 「単」とは言え複雑で奥深い
- 3群5枚目 続・やっぱり単焦点が好き - レンズに込められた設計者の想い
- 3群6枚目 「商品企画」というお仕事 - 商品が生まれいづるところ
- 3群7枚目 試作のプロフェッショナルたち (前編) - 設計図と完成品のはざまで
- コラム:原田研究員からのメール - 「交換レンズは3本まで」という法律について
- 3群8枚目 試作のプロフェッショナルたち (後編) - ものづくりの最終工程で行われる試作とは
- 4群1枚目 Zマウントはこうして生まれた - 100年間変えられないことを、考えて、決める
- 4群2枚目 フード首脳会談 - レンズ設計のその果てに
- コラム:原田研究員からのメール - レンズの楽しみ方案内