PHOTO YODOBASHI

ヨドバシカメラ公式オンライン写真マガジン

SORI - 新宿光學總合研究所

3群1枚目  設計者の描く理想とは
レンズ設計ことはじめ

2号

いろいろ?

まず焦点距離や開放F値はお題として当然ありますし、使う人が満足する写りにすることも当たり前のお題の一つですね。でもそれだけではレンズの設計はできません。それに加えて「価格はいくらに抑えるべし」とか、「重さと大きさはこれ以上になってはならぬ」みたいな制約もお題にはあります。要するに製品の特性ですね。それが分かって、初めて設計にとりかかれるわけです。

町田
2号

そのお題をどうしたらクリアできるかを考えるのが、設計者のお仕事なんですね。

でもそれだけじゃなくて、検討を進めて行く中でお題そのものを逆提案することもあります。この焦点距離にした方が使い勝手が良い大きさに出来そうですとか、大きさを少し許容出来ればこんな写りのレンズを作ることができますとか。レンズ開発の流れのイメージとしては、以下のような感じですかね。

町田
新宿光学総合研究所
新宿光学総合研究所
新宿光学総合研究所
新宿光学総合研究所

ま、いずれにしても基本は過去に存在した類似スペックのレンズタイプをベースにすることが多いです。それでなければ「まったく新しいレンズタイプを生み出そう」というアプローチになります。大きく分ければ、このふたつの方向性です。

原田
3号

ふたつの方向性・・・将棋で言うと、居飛車か振り飛車か、ということでござるな。

新宿光学総合研究所

縦横に動ける飛車は強力な駒。飛車を初期位置近くで使うことを居飛車、盤面左側に動かしてから使うことを振り飛車と言い、大まかな戦術の分かれ目となる。これは今まさに対戦相手側が飛車を振ってきた図である。

問題はどんなレンズタイプにするか? です。どのタイプにも得意、不得意があるので、その中からどれがその仕様に向いていそうか、伸びそうか、と。でもこれを選ぶのがなかなか難しい。ご存じの通りさまざまなレンズタイプがありますから。

原田
3号

将棋で言うと、矢倉とか角換わりとか横歩取りとかでござるな。

新宿光学総合研究所

駒の初期配置が決まっている将棋では、攻めや守りの手順が何百年もかけて研究されている。序盤から激しい戦いに巻き込むものや、じっくり睨み合うものなど、選んだ戦い方によって将棋の内容はずいぶんと変わる。

レンズタイプを選べば基本的なことが決まって、ある意味大まかな性格づけがされます。これをどうブラッシュアップしていくのかというハナシになるわけです。

原田
3号

定跡に工夫を加えるわけでござるな。なるほどなるほど。

じょう‐せき 【定跡/定石】

長い年月をかけた研究によって最善とされた、決まった手の打ち方のこと。「定跡」は将棋における表記で、囲碁では「定石」と書く。将棋や囲碁に限らず、同じ概念はチェスやオセロゲームにもある。「定石」は一般用語としても広く用いられ、しばしば「Theory(セオリー)」の訳語としても使われる。

2号

さっきから、3号にしか分からないわよ。


2号

昔に比べると、最近のレンズはどれも写りがいいなと思うんですよね。逆に言うと、個性的な写りをするレンズが少なくなった気がする。

それ、よく言われるんですよ。

町田

言われますねえ。写りすぎてつまらない、とかね。でも大昔の雑誌を見ていると、この話ってずっと前から繰り返されてきてるんですよね。今だとその写りを「味があってよい」なんて褒められている70年前のレンズが、当時は「写りすぎてつまらない、昔のレンズはよかった」と言われてる(笑)

原田
4号

設計者からすると、そういう「昔は良かった」的な話をどう受け止めているんですか?

現代の話で言うと、カメラがデジタルに置き換わって以降、レンズに求められるクオリティが飛躍的に上がっているんですよ。私はよくこれを机の上に例えるんですけどね。

原田
1号

机の上?

そう。散らかった机の上だったら埃のひとつやふたつ気にならないけれど、机の上が片付いたらそれが気になるじゃないですか。この片付き度合いが、収差の残り具合と考えてください。

原田
2号

ははあ。デジタルカメラ用のレンズは、机の上がきれいに片付いている状態なんですね。

もうね、きれいなもんですよ。ぴっかぴか。

原田
4号

そうなると、まずはそのきれいな状態を崩さないことが、レンズ設計の命題みたいになっちゃいますね、自ずと。

そうなんです。でもね、現代のレンズでも並べて較べたら、ちゃんと違いがわかると思います。どれも一緒なんていうことは全然ない。みなさんがお持ちのレンズにも好みの一本ってあるでしょう?

原田
2号

あー、ある。うまく言えないけど「なんかすごく良い、写りを見ると気持ちいい」って思うレンズがあります。

でしょう。そこには確かに違いがあるんですよ。言葉にできなくても、違いを感じているんです。さっきの机の上に例えるなら、現代のレンズみたいに奇麗な机の上だからこそ、設計者の意図によるほんの少しの配置の違い(収差のバランス)がレンズの味として、昔よりもさらに強く感じることができるというわけです。

原田

じゃあ「何がその気持ちよさをつくっているのか」ですよね。こういう感覚的なことを、私たち設計者は理屈に落とし込んでいかなきゃならない。ちなみに原田さんの机の上は、大昔のレンズ並みに散らかっていますよね。

町田
馬橋所長

所長としてはもう少し片付けて欲しいんだけどね。

1号

それじゃあ町田さんは、どんなことを理想として設計していくんですか?

私は・・・とにかく高い次元でバランスがとれたレンズを目指します。どのような撮影条件でも、使う人が満足できるように収差をコントロールしています。なので、あらゆる条件で撮影していただき、そのレンズを通して写る世界を見てもらいたい。

町田
4号

全教科100点を目指すような?

そう。ぜんぶ100満点は難しいとしても、まずは80点を目指して、そこから全教科90点に近づけていく・・・というような感じになります。どこまで点数を伸ばせるか。

町田

まぁ、町田さんのいう90点って、普通でいう100点のことですけどね。常に他人よりも高いハードルを自分に課している人だから。

原田
1号

原田さんは?

私はね、1教科でも120点とか150点みたいなものがあれば、あとは60点でもいいかなと思ってしまう。

原田
2号

へー、全然ちがう。

馬橋所長

原田さんと町田さんって、同じ設計者とは言えぜんぜん違うタイプなのはよく分かりました。同じお題を二人がそれぞれに設計したら、まったく違うものが出来上がりそうね。

だから面白いもの、いいものができるんですよ。とは言っても、ニコンとしての基準が大前提にあって、目指す方向性は一緒ですからね。結果的に似たような設計に落ち着くこともよくありますよ。

町田

そう。レンズ設計を山登りに例えると、目指す山は同じだけど、登るルートが違うような感じかな。ただし、ゴール地点はひとつではない。

原田