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Nikon Z特集 - Zの創造
開発者特別インタビュー

発売以来大好評のNikon Zシリーズだが、工業製品である以上、ただ単に最新技術を組み合わせて完成したわけではない。しかもカメラというプロダクトは画質や使い心地といった使い手の感性に訴える部分も大きいという点で、他の工業製品とは一線を画す存在。商品の企画も一筋縄ではいかないことは想像に難くないが、その発端には必ずニコンの人々の思いがある。それが源流となりチーム一丸となって目標を達成したからこそ、Zは世に出ることが出来たに違いない。そして、そんなチームをまとめ上げるにも、「元締」がいるはずだ。Zに触れるたびにその出来栄えに魅了されてきた我々編集部は、いつしか「Zの創造主」に会ってみたいと思うようになった。そう、あの人しかいない。様々な発表会などでもおなじみの北岡直樹氏である。

スペックの話もしないわけではないが、我々の興味の中心は北岡氏のお人柄。そして出来れば北岡氏自らZで撮影した写真も見てみたい。そんな理由から、今回は会議室ではなく、観光地で撮り歩きながらお話するというスタイルとなった。

話を聞いた人(敬称略):北岡直樹(株式会社ニコン映像事業部 マーケティング統括部 UX企画部長)
聞き手、文:TAK(PY編集部)
写真:北岡直樹、TA(PY編集部)

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Vol.1:北岡氏という人物、「Z」誕生の経緯

「これ、カイロです。どうぞ。」

2019年1月某日、埼玉県川越市。待ち合わせ場所であるカフェの窓から外を眺めていると、見覚えのあるメガネの男性が颯爽と歩いてくるのが見えた。北岡氏だ。細身で背が高くイベントでお見かけするイメージどおりであったが、カフェの入り口で出迎え、初めましての挨拶を交わした後に北岡氏が発した言葉が、冒頭の一言である。この日の川越は最高気温4度。前日が8度で翌日は14度もあったらしいから、ことさら寒い日を選んでしまったわけだが、いただいたカイロを使うまでもなく、この一言で一気に心が暖かくなる。緊張が解ける。そしてこの瞬間、「北岡氏=すごくいい人」という図式が頭の中に出来上がった。

設計から商品企画へ大転身

北岡:今日はどんな感じで?

PY:まずコーヒーを飲みながらウォームアップを兼ねて少しお話して、その後川越を観光して、寒くなったらどこかへ入ってという流れとなっておりまして、つまり全くのフリープランです(笑)。

北岡:いいですね(笑)。

PY:小江戸川越の風情を楽しみつつ色んなお話が伺えたらと思います。ではまず北岡さんのこれまでについてお伺いします。ニコンに入社されてはじめてのお仕事は?

北岡:入社して最初に担当したのはニコノスRS(1992年発売)の設計です。当時はカメラのAFをプロに使ってもらえるようになりはじめた時期だったのですが、EOS-1とF4で熾烈なAF争いを行っていた時代でした。

PY:あの頃はそうでしたね。F4も憧れのカメラでしたけど。

北岡:時効だから言ってしまうと、F4の「高速版」を出そうとしていましたが、結局その計画は潰れて、次はF5になったのです。F5を最初から最後までやっていたのが後藤(ニコン 後藤フェローについてはこちらの記事をご参照ください)で、そこで私も設計をやっていました。そしてF5の発売とほぼ同時にレンズの設計に移ったという。

PY:それはまたどうしてでしょう?

北岡:カメラは速くなりましたが、レンズも高速のAFに対応する必要があったのです。丁度その当時超音波モーターを使ったAFを始めたのですが、300mmとか400mmの超望遠には搭載していても、小型レンズ用の超音波モーターがなかったので、80-200mmとか28-70mmに搭載できる小型のモーターを設計していました。

PY:ではそこからレンズ一本に?

北岡:いや、その後もう一回カメラの設計に戻って、F6とD2Hの設計を並行してやりました。その次は、これも面白いですけどD40をやったのかな?一番高いモデルから、一番安いモデルに。それが終わった後に、またこれが急に仕事人生が大きく変わるのですけど、Nikon 1の開発担当になってV1からJ5までやって、商品企画に移りました。

PY:中々波乱万丈ですね。基本はずっと設計畑で?

北岡:そうですね。一眼のフラッグシップからエントリーモデルや交換レンズ、更にNikon 1シリーズまでやって商品企画に移りました。設計ではいろいろやらせてもらいましたが、もうお前卒業しろと。

PY:「進学」されたのですね(笑)。

北岡:商品企画に移ってまだ確か5年くらいですね。自分が関わった製品で初めて世に出たカメラは、D5だったと思います。

横浜:2016年3月発売ですね。
*本インタビューには(株)ニコンイメージングジャパンの横浜氏も同席。

北岡:企画当初から関わったのは、ボディーで言うとD850ですね。Zもそうです。最近のレンズだと500mmのPF(AF-S NIKKOR 500mm f/5.6E PF ED VR)、コンパクトカメラだとCOOLPIX P900、P1000は強烈に印象に残っています。

PY:立て続けに名作を手がけていらっしゃいますが、いかがですか?設計する立場から企画する立場に移ってこられて。

北岡:どうでしょうね。うちの会社は面白いので、どこにいてもあまり気持ちは変わらないです。

PY:というと?

北岡:商品企画にいても設計にいても、本質的な部分での発想はあまり変わらないですね。責任分担は違いますけど。ただ、お客様との接点は企画のほうが多いので、情報を集めるのも我々の仕事になります。お客様からこんなもの作ってと言われて、技術的にどんな物ができるかを我々も模索しながら、「どんなものできます?」と開発陣と相談しながら作っていく感じですね。ですから、どこの部署にいても激変はしていないですね。あ、変わったのは、人前でしゃべることが多くなったことですかね(笑)。

PY:そうなんですか。たくさんお見かけしている気がします。

北岡:できるだけ人前に出ないようにしているつもりなのですが(笑)。

PY:今回バーンと出ていただき、ありがとうございます。少年時代から撮影はしていたんですか?

北岡:以前は結構撮影していましたが、最近はそんなに作品っぽい写真は撮らないのです。

PY: え、そうなんですか? では今日は久しぶりに撮影を愉しんでいただいて(笑)。

北岡氏はニコンで幅広い業務をこなして来たが、それを「大きな変化」と捉えたかと言うと、必ずしもそうではないようだ。むしろ共通点に注目し、「あまり変わらない」「面白い」と感じることが出来る柔軟さをもった人物である。そして、意外にもちょっぴりシャイな方だ。とはいえお互いにリラックスしてきたようなので、予定を変更してここでもう少しお話を伺ってみた。

ずっとあった、フルサイズミラーレス構想

PY:Nikon 1にも携わっておられたということですが、あれもとても良くできたカメラでした。その時のノウハウがZにも役立っていますか?

北岡:それはすごく大きいと思います。やっぱり、一眼レフとミラーレスって根本的に違うところがあって、光学ファインダーを覗いて撮影をするのと、液晶見ながら撮影をするというのはカメラのシステムとしては根本的に違うと思っています。その分、Nikon 1でやったことはかなり活かされていますね。

PY:1インチからフルサイズにジャンプしましたけど、構想はいつ頃からあったのでしょう?

北岡:ミラーレスでもいつかはフルサイズという目標は、ずっとあったと思います。いつ決まったの?とよく聞かれますけど、社内でも決まった答えがなくて(笑)、「ずっとやってました」というのが正しいですかね。それでじゃあマウントはどうするのってことになって、変えるとなると、Fマウントレンズを持っている方はどうするの?となります。Zのマウントは、Fマウントに比べてかなり大きくしましたが、これから長く使っていただくためにもこのサイズになりました。

PY:実物を見たら、全然大きいとは感じませんでしたよ。

北岡:最近見ているとこのマウントも可愛いなと。

PY:確かにあの写りを知ってしまうと愛おしい(笑)。

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レンズを突き詰める=ニコンの基本

PY: ところで今日はどんなレンズを?

北岡:ボディーが小さくなったので、小型のバッグでもこれだけ入っちゃいます。

PY:あ、105の1.4だ!このAF-S NIKKOR 105mm f/1.4E ED とAF-S NIKKOR 58mm f/1.4Gは、これまでのFマウントの中でも新たな路線なのかなと思いますが、NIKKOR Zはまた更に違うのですか?

北岡:最高のレンズを届けたいという根本は変わらないと思いますね。Zマウントシステムの一つの柱として「新次元の光学性能」というコンセプトがありますけど、デジタルカメラになって、カメラ自体の差は中々つけ辛くなっているような気がします。

PY:確かに、飽和状態になってきている感もあります。

北岡:昔だったらコマ速が速ければいいとか、画素数が多ければとか言っていましたよね? 今はどんどんそのあたりの差がつけ辛くなってきていますから、ここは基本に戻ってレンズが我々の立ち戻るところなのではないかと。なので、今回は「新次元の光学性能」を目指して、レンズ性能をとことん突き詰めてみようということになりました。

PY:これだけ写ってくれると、これからずっと使える「資産」としての価値もグンと上がりますよね。

北岡:カメラは2年とか3年で新しいのが出てきますが、レンズとなると5年、10年は使えないといけないので、そこに軸を置くのはニコンとしては正解かなと思います。

Zショック

PY:あれほど守り抜いてきたFマウントがある中で新たにZマウントを立ち上げる時、社内はどんな雰囲気だったのですか?

北岡:新次元の光学性能の実現というテーマがありましたので賛否両論というのは無かったと思います。新しいZマウントと新次元の光学性能については、開発中に面白い話がありました。Zのカメラとレンズの試作品が社内で出来てきた時、私の職場で出来立てのNIKKOR Z 50mm f/1.8 Sを使って試写したのです。他のカメラと差がつけられないとなかなか厳しいよねと。ちゃんと使っていて体感できる「新次元の光学性能」でないと出す意味がないですよね。

PY:それはそうですよね。

北岡:それで、一眼レフと比べようという話になり、すぐにうちのメンバーに試作機でテスト撮影してもらいました。ところが、撮影に出ていたメンバーが夕方帰ってくると「ちょっと待ってください。写真の確認に時間がかかっていて。」って言うのですね。「なんで?」「なにか設定を間違った?」と疑問に思いましたけど、とにかく写真を見せてもらいました。そしたら、とんでもない解像感の写真ともう一枚の写真があったのです。一目見て差が歴然。それで、とんでもない解像感の写真がNIKKOR Z 50mm f/1.8 Sで撮られた写真だったのです。撮影したメンバーもそのとんでもない性能にびっくりして、何か間違ってないか確認していたのですね。

PY:一目見て差が歴然?

北岡: NIKKOR Z 50mm f/1.8 Sで撮られたものと、別のレンズで撮ったものとでは、差が歴然だったのです。

PY:私が初めて撮影した時も全く同感でした。

北岡:でも最初はそれにみんなおどろいてしまいました。

PY:「Zショック」ですね。

北岡:そんなことが重なって、「やっぱりこのレンズってすごいのだな」と思いましたね。その瞬間に私はこのレンズを買うことを決めました(笑)。

PY:同じような理由で「決めた」ユーザーは多いと思いますよ。

北岡:FX(ニコンのフルサイズフォーマットの呼称)のミラーレスを進めていた時、社内はてんてこ舞い、ある意味はお祭り状態でした。新しい試みを、しかもZ 7とZ 6の2つを同時に進めていた訳ですから。2機種というボディーの計画もチャレンジングでしたが、それでもレンズ、光学性能には絶対に妥協しないという考えは一貫していました。試行錯誤しながら取り組んでいたことが形になって、実際にテストで素晴らしい結果を出してくれると、社内もみんな自信を持ちました。これなら行ける!と。

PY:第一弾から手加減を知らない(笑)。最初のNIKKOR Z レンズ3本は、スペック的には割とコンサバ路線ですね。

北岡:今回の3本はとにかくお客様に「使ってもらいたい」レンズを3本用意しました。将来、Noctのように個性の強いレンズも出すとしても、まずは広くお客様に使っていただいて、Zマウントシステムを体感して、評価してもらえるものを出しましょうと。ちゃんと使うというのは、例えば今日みたいな時に持って歩けるようなものでないと、評価していただけないということですね。同じ50mmでも、もっと明るい開放F値も検討は可能ですけど、必然的にサイズや価格のハードルが高くなりますし、皆さん全員が日常的に使うものではないと思います。光学性能はもちろんですが「小さく、軽く」という事も優先順位は高かったですね。

PY:しばらくはS-Lineを展開していくと思いますが、そうでないものも出していかれるのですよね。

北岡:そうですね。例えば50mm F1.8というスペックも、もっと小さなサイズで出すことは可能です。でもそれは性能的にはどこかがS-Lineにはならないと思います。検討はしていますけれども、まずはZマウントシステムだから実現できる光学性能重視でS-Lineをズラッと出そうと。で、私自身その光学性能に見事にはまって レンズを二本買ってしまったわけです(笑)。

PY:同時にFTZでFマウントのケアもしていますよね。

北岡:そうです。Fマウントのレンズもちゃんと使えるというのが、絶対の条件でした。基本的に制限は何も付けない事を理想にスタートしました。突き詰めていくとボディー側の性能にもよりますが、FTZを使って動作が遅くなったり、写りが悪くなったり、何か使えなくなったりしないという理想をイメージして進めました。

PY:確かに、AF-Sレンズを付けてもまったく動作のスピードは変わらないです。色んな情報のやり取りをしていますよね。どのような点で苦労されましたか?

北岡:まずはあのサイズに、絞り駆動のメカニズムと回路を入れ込むことに苦労しました。内部の構造は、かなりスペースの使い方を工夫しているのです。また、制限なく、Fマウントのモーター内蔵のAF-P、AF-S、AF-Iレンズ計90種以上でAE/AF撮影ができるようにすることも理想に掲げました。実は、FマウントからZマウントでは通信の方法も進化しているので、Fマウントレンズを制限無く制御するのには工夫が必要なのです。

PY:AFが使えるレンズだけでもそんなにあるのですか。個人的にはFTZに三脚座が組み込まれているのが絶妙で、すごく使いやすいです。

北岡:ありがとうございます。

PY:「これから」のカメラでありながら、「これまで」のレンズもしっかりと面倒を見る。ニコンならではのケアですよね。

北岡:そうですね。その「これまで」のレンズの為に行った作業で一番大変だったのが、NIKKOR Fレンズの互換性の確認です。これまでに発売したNIKKOR Fレンズの内、約360本のレンズでAE撮影が可能となっています。全てのレンズの互換性の確認には相当な時間がかかりましたね。

PY:それはまた千本ノックのような果てしなさです。私達が当たり前と思っていることを実現するために、それだけのご苦労があるのですね。今、FTZを撫でてあげたい気持ちでいっぱいです(笑)。

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取材中、カメラマンTAがZ 7で「撮る使命感に駆られた」大根。エゲツないほどの質感描写と解像感が、格の違いを物語るZの描写力。Fマウントへのケアを怠ることなく、新マウントの性能を突き詰めるという方向性は、大正解だったのである。

PY:α7が出た時はどう思われましたか?

北岡:うーん。やっぱりフルサイズでミラーレスが出た。ああ、そういう時代なんだな〜って。

PY:これはまた予想を超えたご回答です!俯瞰的というか、あるがままを受け入れるというか、菩薩のような境地ですね(笑)。

北岡:「やられた」とか、そういう感じはなかったですね。

横浜:あの時はレンズ一体型のコンパクトなフルサイズセンサーを搭載したカメラが既に世の中に出ていたので、前兆のようなものは感じていました。

北岡:その後、フルサイズのミラーレスカメラが登場してから、写真を撮る方も増えたような気がします。そういった意味ではすごく良かったと思います。やっぱりミラーレスの方がとっつきやすいですよね?軽くて小さいですし。

PY:そうですね。ミラーレスに対する一定の信頼も出来上がっていることもあって、前よりもとっつきやすくなっていると思います。

横浜:持ち運びやすさって今の若い人たちがモノを選ぶ時のキーワードになっていると思います。物を最小限にする「ミニマリズム」に通じるものがあると思います。自分でも、できるだけモノを持たない、持つとしても自分に合ったできるだけ小さい物を選んでいます。

北岡:ほんとに小さくなりましたよね。

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レンジファインダー用レンズを装着したZ 6を撮影する北岡氏。フィルターはもちろん「ARCREST」。

PY:このレンズ(Rollei Sonnar 40mm F2.8 HFT)は、「これくらいのちっちゃいZマウントのレンズが欲しいな〜」って言うためだけに付けてきたんですけど。

北岡:これ良いですね!参考にさせていただきます。で、こうやって自分のZはどこまで写るかなと思いながら撮ってしまいます。

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PY:お〜!キレがありますね。表面のザラザラ感がすごい。じゃあ撮影モードに入ったところで、ちょっと川越の街を歩いてみましょうか。

北岡、横浜:行きましょう!

周りが何をしようが現状を受け入れる客観性。旺盛な好奇心。でもちゃんと「今までの」も大事にする。なるほど、そういう方でなければZのような製品をまとめ上げることは出来ないのかもしれない。

互いの心はほぐれたようだ。川越の街を観光しながら、更にお話を伺うとしよう。

(次回に続く)

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( 2019.02.26 )