PHOTO YODOBASHI

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ニッコールレンズエッセイ  ニッコール温故知新

第2回
AF-S NIKKOR 50mm f/1.4G (2008) × NIKKOR-S AUTO 50mm F1.4 (1962)

ニコン100周年記念特集「ニッコール温故知新」の50mmレンズ担当として、編集部で2本のレンズを渡された。1本は現行の「AF-S NIKKOR 50mm f/1.4G」、もう1本は「NIKKOR-S AUTO 50mm F1.4」。ここではそれぞれを「現行」と「オールド」と略そうと思う。同じ焦点距離、同じF値である現行とオールドの2本を撮り比べるのが今回のテーマ。単に「どちらがどれだけ優れているか」というものではなく(光学性能ならば、その答えは自明だ)、それぞれの特徴や良さを探るというもの。早速ニコンDfと2本のレンズを手にしてロケに出てみることにした。

プライベートの撮影でも、カメラ1台にコンパクトな単焦点レンズを2本という最小の機材で出掛けることが多い。肩が凝るからということもあるが、機材が多いと撮影時に迷ってしまうのだ。仕事での撮影ならばむしろ迷うことなくズームレンズを選択したいが、プライベートなら不便を楽しむのも悪くない。撮れないものは諦める、それでいいのだ。

( Photography & Text : Naz )

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今回はプライベートな撮影に近い、気ままなロケ。とはいえ、作られた時代が異なる同じ焦点距離、同じ開放F値のレンズを持って撮影に出るのはこれが初めて。同じ画角、同じ明るさで何をどう撮り分けようか。私にとってはどちらも初めて手にするレンズ。考えるとなかなか難しいもので、まず最初に浮かんできたのは「レンズそれぞれが持っている性能を引き出してみようか」というようなもの。要するにいつもの作例撮影だ。それでは目的が違う。もっと自由に肩の力を抜いて、撮りながら考えてみることにしよう。まずはロケに出て、移動する度に“なんとなく”レンズを交換してみることにした。

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話しは逸れるが、Fマウントの50mm F1.4のレンズについて少し触れておこう。「50mm F1.4」といえば、35mm版の世界では昔から「大口径標準レンズ」というポジションの存在であるが、Fマウントで最初に登場したのは1962年、今から55年前となる。実はFマウント60年の歴史の中で最初から存在したのではなく、50mm F1.4は数年遅れて登場することになった。詳しくは『ニッコール千夜一夜物語 - 第四十四夜 Nikkor-S Auto 50mm F1.4』を読んでいただきたいが、当時一眼レフ用の標準レンズとしては50mmより少し長い55mmや58mmが一般的であり、それは50mmという焦点距離で明るさと性能を引き出すのが当時はまだ難しかったという背景がある。

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ここに歴代のモデルの登場時期とレンズ構成について一覧しておく。

  • 1962年03月  NIKKOR-S Auto 50mm F1.4 (5群7枚)
  • 1972年07月  NIKKOR-S C Auto 50mm F1.4 (5群7枚)
  • 1974年11月  New Nikkor 50mm F1.4 (5群7枚)
  • 1976年04月  New Nikkor 50mm F1.4S (6群7枚)
  • 1977年03月  Ai Nikkor 50mm F1.4 (6群7枚)
  • 1981年09月  Ai Nikkor 50mm F1.4S (6群7枚)
  • 1986年07月  Ai AF Nikkor 50mm F1.4S (6群7枚)
  • 1991年06月  Ai AF Nikkor 50mm F1.4S New (6群7枚)
  • 1995年04月  Ai AF Nikkor 50mm F1.4D (6群7枚)
  • 2008年12月  AF-S NIKKOR 50mm f/1.4G (7群8枚)

そういった歴史的背景の中、満を持して登場したのが、今回使用する「オールド」となる。もう1本の「現行」を含め、Fマウント50mm F1.4には私が調べた限りでは10のモデルが存在し、大きく分けて「5群7枚」時代→「6群7枚」時代→「7群8枚」時代と3つの変遷があるということになる。(ただし6群7枚構成の50mm F1.4も、AI Nikkor 50mm f/1.4SとAI AF Nikkor 50mm f/1.4Dが併売されている)

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それぞれのレンズを使ってまず感じたのは、「現行」の光学性能の高さとコーティング技術の飛躍的な進化。9年前に新たに登場した7群8枚のレンズ構成は、デジタル時代を見据えた設計ということもあるのだろうが、ピントにキレがあり、開放から周辺までしっかりと解像し、線のコントラストが高い。加えて逆光にも強く、ボケ味も美しい。性能を発揮するスイートスポットが広く、暴れてしまうことがない。まさに「現代の50mm F1.4としてのお手本」というような非の打ち所のない優等生だった。これは撮影データをパソコンのモニターで見るまでもなく、Dfの美しい光学ファインダーや背面の液晶モニターで撮影中からそう感じさせられた。

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先ほど記したレンズの構成枚数の違いは、撮影を終えてから調べる中で知ったものだが、「オールド」を使っていると、「現行」よりも分厚いレンズを光が通り抜けているように感じる。その理由として、レンズを手にした時のずっしりとした「ガラスが詰まっている」感というものもあるが、ファインダーを通して見える像からもそう感じられた。おそらく中心と周辺での描写の微妙な違いや諸収差、ヌケの違いなどを無意識に感じ取っていたのではないだろうか。撮影しながらそんなことを感じたのは今回が初めてだった。

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55年前に登場した「オールド」と9年前に登場した「現行」、その間には46年の時間が積み重なっている。「現行」はコンピューターによる設計であろうが、55年前の「オールド」はおそらく手計算の時代。設計者のアイデアが現行のレンズ以上に明確に反映されているのではないかと推測する。どちらも標準レンズとして歴史を持つダブルガウス型をベースとするレンズ構成であるが、「現行」に比べ「オールド」の構成枚数が少ないメリットは、レンズの設計がしやすいこと、レンズ面の少なさによる内面反射の抑制などであろう。一方の「現行」は、コーティング技術の進化により、レンズ枚数の増加によるデメリットをクリアし、より屈折率の高い硝材を用いて1枚1枚を薄いレンズとすることで、ヌケがよく感じるのではないだろうか。

おそらく、どちらのレンズも目指している方向に大きな違いはなく、時代とともに進んだ設計や硝材、コーティングなどの技術的革新によって、問題解決の方法や結果が違ってきたのだろう。

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ロケの間、交互にレンズをマウントしていくうちに、それぞれのレンズでどう撮るかについて少し見えてきた気がした。オールドではその特徴が最もよく出る開放付近に独特の世界があり、敢えてフードもつけず冬のキラキラとした斜光なども積極的に利用してみた。フレアやゴーストが出てしまうことも躊躇しない。このレンズが現役であった当時からすれば、推奨される撮り方ではないだろうが、今は幅広い選択肢から自由に選べる時代だ。それぞれのレンズが持つ描写の振れ幅を大きくすることは表現の幅にも繫がってくる。一方の現行では、オールドにはない緻密さや解像力の高さが感じられるようにあえて少し絞って撮ることを意識した。

カメラやレンズに限らず、自動車やオートバイにしても、実用するならより新しいものの方がトラブルも少なく性能も安定し、誰にでも扱いやすくなっている。じゃあ古いものに存在価値がないか?といえば、そんなことはない。クラシックなものには電気的なものがなく、機械的な連動のみで作られていることが多い。そういったものに人は不思議と温もりを感じる。そして趣味というものは、その面倒なことすら楽しさに変えられるものである。それはカメラやレンズも同じであり、写真を楽しみレンズ沼に足を突っ込んでいる方々なら、1周目に実用的なズームレンズで常用域をカバーし、2周目で単焦点レンズを揃え、3周目あたりでこんな古いレンズの味に手を出してみるといった楽しみ方をしているのではと自身の経験を踏まえ推測している。

万能さでは「現行」に敵うことはない一方で、「オールド」には「現行」で撮ることのできない世界をちゃんと持っていた。前ボケなど少々描写が崩れるところもあるが、線の柔らかさやハイライトの滲みはこのレンズの美点だと言っていいだろう。リアリズムな「現行」に対しファンタジーな「オールド」。画家が絵筆を使い分けるように、新旧の50mmレンズを使い分けることで表現の幅は広がっていくのだ。そんな楽しみ方ができるのも、カメラやレンズというものが我々とともに成熟してきたからではないだろうか。

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( 2017.12.27 )