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ニコン レンズ設計者インタビュー
「土間」と「立体感」

話は2017年11月5日の名古屋に遡る。その日、名古屋ではニコンの創業100周年を記念した「ニコン ファンミーティング キャラバン」が開催されており、われわれPYスタッフもそこへお邪魔して取材をさせていただいた。その時、後藤フェローから「“ニーヨンナナマル”の設計者が来ていますので」とご紹介いただいたのが、今回お話を聞いた原田氏と藤原氏だった。会場の入り口前にあったソファに腰掛けてお話をしたのだが、何しろ急にご紹介いただいたのでそれはインタビューと呼べるような代物ではなく、またお二人はイベント内で登壇される予定で時間も限られていたため、お話をしたのはほんの15分ぐらいだったように記憶している。それなのに、お二人の印象は強烈だった。完全な雑談だったにも関わらず、というか、雑談だったからこそかもしれないが、お二人の「レンズ愛」がひしひしと伝わってきた。「いいレンズの構成図は、それだけでお酒が飲めます」-これは原田氏の言葉だったが、これは面白いことになるぞ、と直感的に感じた。その後、ニコンイメージングジャパンの広報を通じて正式にインタビューのお願いをし、2月某日やっと実現に漕ぎ着けたのが、これからお届けするインタビューである。

本題に入る前にお二人のことを改めて紹介しておきたい。レンズの設計というのは(おそらくこれはどのメーカーでも同じだと思われるが)、大きく「光学設計」と「メカ設計」に分かれる。光学設計とはその名の通り、「光をどう導くか」を考える仕事。レンズエレメントを、どんな素材で、どんな形に作って、どんな風に並べたらいいか。-わかりやすく言えばこうなるだろう。言うまでもなく、「新しいレンズを作る」という場合においてまず最初に着手するのが光学設計であり、レンズ設計のもっとも根幹の部分である。しかし、それだけではレンズが商品にならない。鏡筒の内部でエレメントを動かすための仕組みや、モーターやVR(手ブレ補正機構)の配置、そのためのパーツ選定、それらをすべてひっくるめて鏡筒をどう作り、最終的に「商品」に仕立て上げるか。つまり「手にとって使う」という観点でレンズを考えるのがメカ設計である。言うまでもなく、光学設計とメカ設計は二人三脚。お互い、相手の仕事のことを考えながら自分の仕事を進める。もちろん、意見のぶつかり合いも多々ある。そうして「いいNIKKORレンズ」が生まれる。

前置きが長くなったが、原田氏が光学設計を担当し、藤原氏はメカ設計を担当している。お話を聞いたのはそんなお二人である。

株式会社ニコン 光学本部 第三設計部
原田壮基 氏

株式会社ニコン 映像事業部 開発統括部 第三設計部
藤原誠 氏

聞き手:K(PY編集部)
写真:Z II(PY編集部)
構成・文:NB(PY編集部)

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「このタイプにはまだ先がある」

K: どうもお久しぶりです。名古屋でちらっとお話をしたのがきっかけで、こんなことになりました(笑)。お忙しいところありがとうございます。

原田: ご無沙汰しております。

藤原: あの時は本当に短い時間でしたからね。再会できてよかったです。

K: われわれは・・・というのは市井のカメラ好きのことを指していますが、商品として出来上がったレンズについてはあれこれ好き勝手なことを言うものの、実はレンズがどんな風に設計されているかについては殆ど知りません。ましてや、どんな人が設計しているのかなんて、もう想像するしかないので、今日はそのあたりを読者にお伝えできればと思います。順を追ってお聞きしますが、まずレンズの設計って、どんな風に始まるのでしょう?

藤原: 「どんなレンズを作るか」は、まず企画部門が考えます。考えると言っても、細かいことを考えるのは私たちの仕事なので、ここではいくつかの要件が提示される感じですね。

原田: 要件では、焦点距離と開放F値は明確になっていることが多いですが、あとはそのレンズによります。「必達」である要件もあれば、「できればこうしたい」ぐらいのものもあったり。

K: 当然、まったく新しいレンズと、すでにあるレンズのリプレイスでは違いますよね。

藤原: その通りです。リプレイスの場合は、お客様のお声や、寄せられた事象がデータとして蓄積されています。その中でも重要と考えるものは、次のレンズを設計する際の必達目標として自動的に設定されます。

例えばAF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VRで言うと、どんなものが必達目標でしたか?

藤原: まず防振、つまり手ブレ補正機構です。

K: 手ブレ?

藤原: もう圧倒的に多かったですね。

K: そんなに多かったんですか。焦点距離を考えると、ちょっと意外に感じてしまいますが。

原田: いろんな場面で使われる標準ズームですからね。例えば私の実体験話ですが、このAF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VRを持って家族と旅行に行って、揺れるバスの中で子供を撮ったりしますでしょう。すると、1/15秒でももうピタッと止まっている。子供の寝顔を撮る時でも、1/3秒が止まったりするのですよ。やっぱりこれはすごい、頑張ってVRを入れてよかったなと(笑)。お客様にもこういうメリットを体感していただきたいなと思います。

K: 確かにそうですね。その他はどんな目標が?

藤原: あとは周辺の写りと、堅牢性、ズームの作動、といったあたりでした。

K: 堅牢性というのは、プロのカメラマンですね。

藤原: そうです。一般の方が普通に使っているぶんにはまったく問題ないのですが、ぶつける、落とす、濡らすが当たり前の使い方になってくるプロユースの対処は大事なことです。予備検証や対策確認など含めて数十本壊したと記憶しています。

K: 数十本!それはわざと?

藤原: そうです。設計段階で衝撃解析を入念に行っていて、衝撃への対策は盛り込んでいますが、逆にどこまでやったら壊れるのかは、実際に試してみないと分からないですからね。使われ方を予期して設計は行っていますが、予期しない使われ方、予期しない事故、そういうものまで対応するには、しっかりとしたマージン確認までしないとプロユースとは言えないので。

K: 光学的にはどうですか?凸先行か凹先行か(編集部註:レンズ構成の基本的なパターンのこと)という話は、もうあちこちでされているので食傷気味かもしれませんが。

原田: いやいや(笑)。ただ、大きくなった、長くなったとご意見をいただきましたが、それは全部理由あってのことですから。そうすることによって初めて実現した性能、見えた世界があるわけです。

K: 見えた世界・・・

原田: 凸先行、凹先行、それぞれに長所、短所がありますが、このぐらいの焦点距離の大口径ズームレンズにVRを入れるのだったら、もう誰が考えても凸先行で行くべきなのですよ。社内でも「凸先行だよね?」という空気でしたし、私自身もそう思っていました。ところがいざ設計を始めてみると、6合目ぐらいまでは行き着けるのですが、そこから先の高い光学性能が見えてこない。七転八倒した挙句、ふと脇のケモノ道(凹先行のこと)に分け入って、藪をかき分けてみたら、そこにもっと性能の高い光学解があった。

K: ほおおお。

原田: ただ、いくら光学的に解決したと言っても、それをレンズとして商品にできるかどうかはまた別の問題です。藤原はメカ担当として、そして設計全体のリーダーとして、大きさをある基準内に収めることに必死に取り組んでいるのが分かっていましたから、凸先行で行く雰囲気の中、ただでさえ大きくなってしまう凹先行の案を今さら持って行っても、嫌な顔をされるだけだろうなと。

K: ところが違ったんですね。

原田: ある晩、もう他の社員はあらかた帰ってしまったあとでしたが、トイレに行くついでにふと藤原の部署を覗くと、彼がまだ一人で仕事をしているのが見えました。近づいて、「凹先行で光学解が得られたんだけど・・・ダメだよね?」とダメモトで聞いてみたら・・・

K: みたら?

原田: しばらく考えて、「行きましょう」と。

K: おおー!

原田: 「おいおいマジかよ!ちょっ、ちょっと待って、トイレ行ってすぐ帰ってくるから!」って(笑)。あの時は興奮しました。

藤原: 大きさが重要なファクターなのは事実ですが、「大きくする代わりに得られるものは何か?」という点で答えが明確ならそれでいいと思っています。もちろん社内の説得は必要になりますけどね(笑)。この場合、問題は全長でした。凹先行となると全長が長くなることは明らかでしたから、それは避けたいことでした。でも見方を変えてみると、長くなればVRやAFのモーター、絞りなどの機構を組み込む際の、やりくりの余地が生まれます。そうなるとパーツの選定からしてガラッと変わってくるのです。より信頼性の高いパーツを使うことができる。つまりいいレンズが作れる。

原田: まだメカ的には成立していない光学案だったのに、その時の「このタイプにはまだ先があります」という藤原の言葉は、今でも忘れられません。これはもう、藤原を信じて一緒に登ろうとその時に決めました。あの時、藤原が席にいなかったら、このアイディアは自分でお蔵入りにしていたかもしれません。

K: いい話ですねえ。先ほど「凹先行で考えたら解決策があった」とおっしゃっていましたが、もちろん簡単なことではないですよね?

原田: そうです。先ほどもお話した通り、このぐらいの焦点距離の大口径かつ防振入りのズームレンズには凹先行は設計難易度がとても高いのです。でも、凹先行のズームレンズについては、実は密かに研究をしていました。

K: 密かに研究・・・ってどういうことですか?

原田: われわれは「アングラ設計」と呼んでいますが、純粋な仕事とは別に、自分の興味本位で行う自由研究みたいなものですね。これが、しばしば日の目を見るのです。設計者はだいたいこれをやっています。

K: 自分の中の引き出し、ですね。

原田: 結果的にはそうですね。まぁ発端は「自由にやっていいと言われたら、こんなレンズを作りたいなあ」という他愛もないところから始まっているのですけどね(笑)。

K:AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VRでは、どのあたりが「自由研究」の成果なんですか?

原田: (構成図を見せながら)このレンズですね、実は真ん中がテレゾナーで、うしろが変形エルノスターなのですよ。私、ベルテレ名誉博士 * が大好きなので。

(*)ベルテレ・・・ルートヴィッヒ・ベルテレ(1900-1985)。ドイツのレンズ設計者。おもにカール・ツァイスで活躍し、現代でも使われる代表的なレンズ構成型のいくつかを考案した。

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K: ちょっとZ II、原田さんのこのドヤ顔撮っといて!(笑)。うわ、すごいなあ、これ。でもレンズの設計って、おそらく終わりのない作業ですよね。今はここまでだけど、まだまだ行けることは分かっているという。とは言っても、どこかで設計という作業を終えて、商品化して発売させるというフェーズに入らなくちゃいけない。その間もマーケットの潮流は常に流れていて、求められているものの性質やレベルが刻々と変わっていく・・・そういう点でジレンマはないですか?

原田: ありますよ。ただ、「求められているものは何か」と同じぐらい、「与えられるものは何か」という考え方も大事だと思っています。

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土間で起きたこと

K: それは同感です。私も常々、ものを作る人というのは、求められているものを作るよりも、自分が作りたいものを作って、「こんなのどう?」って世の中に問いかけるべきだと思っています。

原田: 光を受け止める撮像素子はものすごい勢いで進歩しています。それに比べるとレンズは息の長い商品ですから、未来を見越して設計する必要があります。先々に対する余裕を持たせるというか。その意味でも凹先行の設計にしたことは意味があると思うのです。今求められていることに応えるのはもちろん大事ですが、10年後にこのレンズがどういう役割を果たしていられるか。

K: レンズ開発の行き着く先というのは、どこなのでしょう?人間の目ですか?

原田: レンズの写りを表現する時に「肉眼で見たような」という言葉がしばしば使われますが、レンズの描写の行き着く先は、決して肉眼ではないのです。

K: というと?

原田: 例えば、超広角レンズで「線がまっすぐ写る」ことにわれわれは腐心していますが、リアリティという意味で言うなら、実は少しだけタル型の歪曲があった方が自然に見えるかもしれません。なぜかというと、人間はあの広い範囲を、一気に見ることができません。見ようとしたら、どうしても目か頭を振る必要がある。その時の視覚に近いのは、実はタル型の歪曲なのです。それなのに、まっすぐに写っていることが大事だと考える。なぜなら、そのものがまっすぐだからです。

K: なるほど。

原田: 逆の例がボケです。写真で見るような、大きくとろけるボケを、肉眼で見たことがありますか?

K: 言われてみれば、ないですね。

原田: 人間は何かを注視するとき、そこに意識を集中させます。その他の部分も実はちゃんと見えてはいるのだけど、意識の外にあるものは見えてないのと同じ。その「意識の外」という状態を写真では「ボケ」というものに置き換えているのです。ところが今度はそのボケに意識を集中して、「ボケ味」なるものが取り沙汰されるようになってしまったのですが(笑)

K: 面白いですよね。でもそれが写真というものなんですよね。

原田: そうです。要するに写真を見た時にどう感じるかというのは、決して肉眼との比較ではないのです。肉眼と写真の間に介在するものがあって、それが両者を繋げているのです。

K: それは何ですかね?

原田: 私は、それは「学習」だと思っています。

K: 学習?

原田: こんなことがありました。私の息子がまだ小さい頃の話です。うちには土間があるのですが、ある日、彼がハイハイをしながらその土間に近づいて行き、そのまま居間から土間へ転げ落ちたのです。幸い怪我はありませんでしたが、大泣きしていました。その翌日のことです。前日と同じように土間の方へ近づいて行くのでどうするのか傍で見ていたら、土間に降りる縁のところで止まり、近くにあったおもちゃを手にとって土間に落としたのです。これにはびっくりしました。つまり彼は、「線(居間の縁)がこう見えたら、そこは段差になっている」ということを痛い経験から学習し、おもちゃを使ってそれを確かめたのです。視覚と体験を一致させたのですね。

K: つまり、それまでただの一本の直線としか見えていなかったものを、ある日、それが立体であると認識し始めたと。うわあ、すごい話だ。

原田: 写真も同じだと思うのです。どう写れば、それが立体感として感じられるのか。そもそも写真は平面です。その上に立体感を表現する。つまり事実云々ではなく、「人間の感じ方」の問題。言い換えれば、「感じさせ方」のテクニックの話です。それをもっと強く、しかも自然に感じさせる方法は、まだいろいろある筈なのです。「再現性」と言っても、コピー機では無いのです。こういう「概念」を変えていくのがプロダクツの役目だと思います。従来とはまったく違うものだったとしても、使う側の人間が自分の体験という変換器を通して、それを自然なものとして受け入れてくれるのではないか。それが、私が先ほど申し上げた「与えられるものは何か」の部分です。

K: 深い話ですね。

原田: ただ、立体感があるとか、ピントがシャープとか、ボケがきれいとか、それらはみな大事なことですが、単なる写真の要素でしかありません。ピント面のシャープさとボケの綺麗さだけがあれば良いレンズか?というと違うと思います。最後はそれらをトータルでどう見せるか?という視点に立ち返らないと、そこからいい写真は生まれません。そのためには敢えて収差を残した方がいい場合もある。要するにバランスです。過去の銘レンズと呼ばれているものでも、二線ボケするものやフレアが酷いものもありますが、そういった要素の良し悪しを超えて「トータルでの絵作りが人間の感性に訴えるものがあった」からこそ、時代を超えて評価されているわけです。そういう世界を追求していきたいですね。

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レンズは「時代」を見ている

K: とにかくレンズの描写性能を追い求めて日々設計をされている一方で、世の中では「オールドレンズ風」のような、収差を敢えて強調したような写りが面白がられていたりもします。こういう風潮についてはどう思いますか?

原田: むしろ写真を撮るという行為を、「良いレンズはこうあるべきだ」といった固定観念にとらわれずに自由に楽しまれているのは素晴らしいと思います。そこには何の制約もありません。私は大歓迎ですね。オールドレンズがあるからこそ、現代のレンズの良さもより判る。両輪ですね。オールドレンズの感覚に訴える良い点は、その要素を洗練したうえで現代の設計にも活かす場合もあります。

藤原: そもそも私たちが作っている交換レンズというものは、いろんな世界がレンズを通してそこに現れるということの体現でもありますからね。特に10代、20代の人たちは良い/悪いを理屈じゃなくて、感覚で判断されている。これは素晴らしいことですし、頼もしいですよね。

原田: 実は私、オールドレンズが大好きなのですよ。Kさんもお好きだと聞いていたので、今日、何本か持ってきていますが・・・(と言って目の前に並べ始める)。

K: おや、これはこれは。いや、実は私もですね・・・(と言って目の前に並べ始める)。

-ここから約1時間の会話は、断腸の思いで割愛-

原田: こんな50〜60年前のレンズなんて、収差ばりばりで良いところなんて一つもないと思われがちですが、そうじゃないのですよね。確かにできることは限られているけれど、圧倒的な得意ポイントをしっかり、それも確信的に持っている。

K: 割り切りの考え方ですよね。

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原田: 実はその考え方は、時に現代のレンズ設計にも当てはまることがあります。「全部良い」レンズを求め始めたらきりがありませんし、仮にあったとしても、「全部良い」は「全部ほどほど」の裏返しかもしれません。どんな場面でもそこそこ写るレンズが必要とされる一方で、あるポイントだけズバ抜けているレンズが必要だったりもします。この写りはこのレンズの開放じゃないと無理、のような。結局、個性をどう出すかなのです。それが先ほど藤原が言った「レンズを交換する」という簡単な作業だけでいろんな個性を楽しめる。例えば今日持ってきたAI AF DC-Nikkor 135mm f/2Sは、ボケ味とシャープネスのバランスをユーザーの好みに応じて変えられる。こういう思想のレンズは他にないので、このレンズでしか楽しめない世界があります。

K: つくづく趣味性の高い道具ですよね、カメラって。

原田:腕時計とか、車、オーディオの趣味と通じるものがありますね。特に、これは私自身が好きだからかもしれませんが、オーディオとよく似ている気がします。あれもアンプとスピーカーの組み合わせとか、さらに言うとケーブルや中の部品を取り替えたりして自分の理想を追求する趣味です。「この曲はこのスピーカーで聴きたい」とか、「このアルバムはこのカートリッジじゃないと」とか、「このビンテージの真空管はやっぱり良い」のような。レンズ交換と一緒ですね。AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VRも「立体感を感じさせつつも骨太な凹先行の音」が堪能できます(笑)。

藤原: 私は車が好きなのですが、学生時代は特にホンダの車が大好きでした。当時のホンダって、小さな車体に大きな居住空間を作ることが上手なメーカーという印象があって、逆に、当時乗っていた車のエンジンルームなんてギッチギチ。いくつか配管が邪魔をしてオイルフィルターの交換すら一苦労。「どうしてそこまでして・・」と思う反面、これが自分の仕事と実によく似ていて(笑)、エンジンルームの無駄のないパッケージングにしばらく見惚れてました。「あらゆる面でそこそこ良い」じゃなくて、「ある部分は多少犠牲にしてでも、ある部分を最大限に良くする」という考え方も、共感するところが多いですね。

K: AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VRも中はギッチギチですか?

藤原:そりゃもう(笑)。大きくなった以上に、中はぎっしり詰まっています。これ、意外と知られていないのですが、レンズの外装は敢えて少し柔らかく作ってあります。その代わり外装の下はがっちり、硬く。柔らかい外装で中を守っているのです。例えばこことか。

K: 現代の車のパッシブ・セーフティーと同じ考え方ですね。

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藤原: 耐衝撃ということではそうですね。Kさんも撮影される時にはフードをつけますよね?

K: いや・・・すいません、私、つけないんです。どんなレンズでもそうですが、全長が長くなってしまうのが嫌いというのと、光がどこから入ろうが、素の写りを見たいので殆どつけないです。

藤原: 実際、そういった方も多いんです(笑)。フードの設計って、なかなか報われなくてですね(笑)、光を遮るという本来の性能は言わずもがな、使い勝手、堅牢性、デザイン・・・といろんな検討要素がこれにもあるのですが、なにぶん少ないパーツで作られているので、実は設計にすごく苦労するのです。それなのに、つけてもらえない(笑)。

K: 申し訳ありません(笑)。

藤原: フードをつけていると耐衝撃にも一役買う、とよく言われますよね。それは事実ですが、その点でもこのレンズは考えを一歩進めていまして、万が一フードをぶつけても、その衝撃が鏡筒内部に伝わりづらい構造になっています。

K: それも数十本壊した経験から?

藤原: はい(笑)。そこに行き着きました。

K: それは完全にプロユース想定ですね。

藤原: こういう技術って、設計のプロセスの中で言えば、もう最後のほんのわずかなところの話なのですよね。普通のお客様は意識する機会すらないかもしれません。実はこの技術のおかげでズームレンズにありがちな、長い間使っていると中がズレてくるという問題が解決されたり、フォーカスリングの感触がいつまでも変わらないという利点を生み出しています。

K: せっかくの技術が意識されないって、寂しくないですか?

藤原: いや、意識されずに製品を使っていただけるのがいい技術なのだと思います(笑)。

K: 原田さんはどうでしょう?表に出てこない技術もいっぱいあると思うんですが。

原田: こんなことを言うと会社から怒られそうですけど、誤解を恐れずに言うと、私、レンズはまずは自分が想定されるユーザーになりきって(元演劇部ですし笑)、その自分が最大に満足できるよう全力を尽くして設計していますから(笑)。だって、設計者自身ですら使いたくないレンズを誰が使いますか?真面目な話をすると、写真のレンズには200年近い歴史があって、それはこれからもずっと続きます。その中の、ほんの小さな一点にわれわれは立っているだけですから、この時代の写真を後世に伝えてもらうためにも、その時代の評価尺度におもねる設計はしたくないのです。写真は時代を写すものであり、時代が写っている写真が楽しい。時代を超えて写真を残すことに、自分が設計したレンズが少しでも役立てるなら、もうそれで充分です。

K: きれいにオチたところで、今日はこのへんでお開きにしたいと思います。どうもありがとうございました。


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左:藤原 誠 氏 / 右:原田 壮基 氏

当初の予定時間を大幅にオーバーして、インタビューは終わった。オールドレンズのくだりだけでなく、ここに書ききれなかった話はいっぱいある。しかしインタビューを終えて分かったのは、-それは実に単純なことなのだが- お二人は本当にレンズが好きなんだなあということ。お二人とも語り口は軽妙で、ユーモアたっぷりにお話しされるが、内に秘めているものは熱く、その姿勢は極めて真摯。あれ?それって、NIKKORレンズのイメージと重ならないか?とはインタビューを終えてから思ったこと。とにかく、こんな人たちがNIKKORレンズを作っている。つまりNIKKORレンズには、まだまだいろんな期待ができるし、いやそれどころか、われわれの期待を超えるレンズをたくさん作ってくれるに違いない、それを確信した。このインタビューを読まれて、その思いが共有できれば幸いである。

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最後にお二人が撮られた写真を、ほんの少しではあるがご覧いただきたい。「良いレンズを作る人は、良い写真を撮るか?」このお二人に関していえば、答えは「YES」だった。こちらは原田氏が撮られた写真。オールドレンズの魅力全開の写真もある。

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こちらは藤原氏が撮られた写真。写真というものの本質である、被写体への愛。それを残しておきたいという想い。優れた設計者は、優れた写真家でもあった。

( 2018.04.10 )

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原田氏と藤原氏の、血と汗と涙の結晶がこの傑作レンズ!

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