PHOTO YODOBASHI
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Nikon NIKKOR Z 35mm f/1.2 S
[ズーム] 広角 | 標準 | 望遠 | 高倍率
[単焦点] 広角 | 標準 | 望遠 | マクロ
生クリームの角が立った様子を、こんなふうに写せるとは。単にカリッとしていたら、この液体とも個体ともつかぬテクスチャーを描き切ることは不可能でしょう。解像の仕方も重層的で、ピント面でさえ、いやピント「層」に立体感があり、目の前にあるようなリアルさも感じます。前景背景はもちろんカップの持ち手やスプーンのボケ味もクリーミーで、ピントからのつながりも実にスムーズ。結果、バリスタの丁寧な仕事ぶりが一層際立って見えます。一眼のレンズと両目とでは見える世界が違います。しかも視覚には脳の判断も関わってきます。肉眼で見る時、そもそも「シャープだな」「いいボケだな」なんて言いませんよね。しかも肉眼ではぼけること自体、ほとんどないわけです。このカットを見ていると、「おいしそうだな」「綺麗だな」と思います。ピントがしっかりと立ち上がりながらも、写真や映像でしか出せないボケがうまく演出され違和感がない。全体的な印象として、レンズが出しゃばらず被写体そのものを引き立てるような描写だなと感じました。これはとても大切なことです。
本レンズは、90年を超えるニッコールの歴史の中で初となる、開放F1.2の35mm広角単焦点レンズです。優秀なZマウントレンズでも特に高い光学性能を追求したシリーズが「S-Line」。その中でも最大口径比1:1.2の大口径で表現力を極限にまで高めた「f/1.2シリーズ」が、これまでに2本発売されています(NIKKOR Z 50mm f/1.2 S、NIKKOR Z 85mm f/1.2 S)。本レンズはその広角版という位置付けですが、素人目にはNIKKOR Z 50mm f/1.2 Sと構成が似ているようにも見受けられます。以前ニコンの方々にお話しいただいた通り、NIKKOR Z 50mm f/1.2 Sは広角向きのビオゴンタイプを標準レンズに採用するという大胆かつ理にかなった発想とニコンの技術力により、他ではちょっと得難い綿密で繊細な描写を獲得した名レンズです。そしてこちらのNIKKOR Z 35mm f/1.2 Sはセオリー通り、より王道的なビオゴンタイプに思えてきます。結論を言うと、同様の方向性、味わいを感じました。我々がf/1.2シリーズに期待するのはまさにそこですから、当然熱烈歓迎。1カット撮った時点でアドレナリンの分泌を確認しました。
( Photography & Text : TAK )
ロケ開始直後にこのカットを撮影した時、このレンズは只者ではないと確信しました。良いレンズというのは、第一印象が良かったらそれがそのまま最終結論になります。植物園内の、特に何かの花を展示しているようなコーナーでもなく、誰も立ち止まることもなさそうな一角に弱い光が差し込んでいます。元からドラマチックな被写体を撮れば何だって綺麗に写りますよね。こちらは随分と地味なシーンですが、いかがでしょうか。前景とピントまでの距離差は僅かであるにもかかわらず、開放F1.2でもしっかりと分離しているので立体感があります。この自然かつ明確な分離は、収差を丁寧に丁寧に補正しなければ得られないでしょう。背景は当然ながらぼけていますが、ボケ味は前後共に極めて上質でピントからの推移にも全く違和感がありません。この何とも言えぬ描写を味わうと、1枚、もう1枚と撮りたくなります。シダがムクムクと生えてきているようにも見えませんか?極薄の被写界深度と極上のボケで、動画ではないのに動きを感じるのです。
シダに特段の思い入れがある訳ではありませんが、このピントをお見せしたかったものでもう1枚。画像クリックで原寸大画像もご覧ください。もちろん極めてシャープな部類です。ただ、ギスギスした人工的なシャープネスではなく、線が実に繊細でエッジやピント面でさえ3D感がある。つまりCGのような妙な平面感がないので、シャープでありながらやはり瑞々しさがあって、被写体が生き生きとして見えます。そしてどうしたことでしょう、シダが好きになりそうです。
本レンズは、f/1.2シリーズでは初となる「メソアモルファスコート」を採用しています。ニッコール史上最高の反射防止性能を持ち、斜入射光、直入射光に起因するゴーストやフレアも大幅に低減してくれるとのこと。「メソ」はメソポタミア文明でもお馴染みの「間」、「アモルファス」とは「原子が不規則に配列」。不規則な空間を設けることでどんな光にも効く、言ってみれば「ランダマイゼーション万歳」ということでしょうか。お馴染みの「ナノクリスタルコート」、「アルネオコート」と合わせて、ニコンの持てる技術がこれでもかと盛り込んであり、逆光にも相当強いのだろうなと思っていたら案の定、劇強でございます。開放でこれだけの逆光に、ここまで持ち堪えるとは。流石にハイライトの周囲はフリンジが認められますが、これは極端な例ですから。ポートレイト撮影などほとんどのロケにおいて、不都合を感じることはまずないでしょう。
近距離でのボケ量もさすがはF1.2。玉ボケの形状はF1.8、F2あたりからほぼ均一になりますが、そもそも開放の時点で出来過ぎです。しかも端の方でさえ著しくレモン型というよりは楕円性が残っていて、優しさを感じます。しかもグルグル感やリングも全く認められません。つまり、F1.2なのに無理してます感が見られない。参りました。同じような凄みを NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctに感じたことを思い出します。
広角の既成概念を打ち破る、中間の分離力。コントラストの出にくい光線状態ですら、ここまでピントが立ちます。単に35mm F1.2であるだけでは、見せられない世界ですよね。収差を取り除きピントに磨きをかけてこそ、広角ならではの上下左右の広がりに加えて、前後関係まで自在に表現できるのです。全身をこのサイズでフレームしても他がぼけるのですから、使い方次第で50mmの代わりにもなるのでは?とさえ思いますが、もちろん50mmも是非ともよろしくお願いいたします。高速無音のAFも、動きのある被写体をこともなげにフォローしてくれました。まあこのレベルのレンズになると「当然でしょ」と言いそうにもなりますが、レンズで満杯の鏡胴内に複数のAF駆動ユニットを組み込むなんて、相当のご苦労があったことでしょう。
光の乏しいガード下で、ISO 100で1/125秒が切れるのです。ちなみにピントは右側のメニューフレーム。それ以外は、少し距離が変わるだけでぼけています。我々が見ている風景は色んなレイヤーが重なっていて、それぞれに独自の世界があります。その一つ一つに想いを馳せるのも写真の楽しみだとしたら、本レンズは最高の相棒になるでしょう。
人間は起きている間中、推論する生き物だと言われています。このレンズに誘発されるアウトフォーカスの推論は、脳に良い作用をもたらすような気がします。まろやかで量感のあるボケは質の高い推論を導き、ボケの正体が容易に判別できる距離でも顔が綻んできます。並の広角ではぼけない距離でも美しく、被写体を十分に描きながらも、全体に柔らかな空気感を与えてくれています。
絞った時の画もどうぞ。F5.6です。周辺まで均等な明るさになり、ピントも行き渡っています。ただ相変わらず解像に品があり、花が花らしく潤いをもって描かれています。そしてこの潤いが、どの絞りでも得られるのです。
硬めの被写体と光を忠実に捉えながらも、やはりどこか潤いと柔らかさも感じられる描写。そして甘いというわけでもなく、開放から周辺まで均一に解像している。大口径ゆえの危うさ、それを「味」とした形跡が微塵も感じられないのです。階調も豊かで、ハイライトの扱い方はもちろん右下のシャドウの濃淡にも感じ入りました。解像感と収差のバランスを重視したとのことですが、これは「両方ともそこそこ」と言う意味では全くなく、極めて高い次元での話だということを撮影を通して感じました。色んな35mmを使ってきましたが、こんな35mmは初めてかもしれません。風景、スナップ、ポートレイトはもちろん、ドキュメンタリーなどにも好適。主役のコンテクストに深みを与え、一層引き立ててくれるでしょう。
カメラの自動ゆがみ補正をオフにしてみましたが、意地悪として成立しませんでした。F1.2の広角レンズとしてもトップレベル、いやトップでしょう。私はこの無補正状態が最も好きです。だって人間の目だって、、、。ピントはパネル奥の椅子です。
光芒も実に美しい。どこを取っても、ため息しか出ません。余談ですが、先日マットレスを新調しました。良いものほど、サポート感も柔らかさもあって疲れない。色んなマットレスを試しながら、このレンズのことを思い出しました。
とにかく見ていて心地が良い、35mmの新潮流。
本レンズの描写性能は疑いようがありませんが、真価はさらにその先の次元にあります。それは、心に波風が立つことがなく気持ちよく眺められる描写だということ。潤いと鋭さが共存し、ピントからボケまでどこまでも繊細に連なっていくような、ちょっと他の35mmには見られない描き方です。レンズの設計開発製造技術も格段に進歩し、数多くのレンズ、先行研究の材料が揃っています。しかし、新しいものを生み出す時、今の知見を使って何を目指していけばよいのかは、いつの世も宇宙のように未知の領域です。つまり、答えは想像するしかない。肉眼では見えないボケなど、まさに想像の産物です。そして、それを行うのは機械でもAIでもない、人間です。より深い感動を得るには何が必要かを日々想像していく中でこそ、こういった魅力的なレンズが生まれるのではないでしょうか。実は駅周辺で数枚撮った後、半径1kmも歩けばロケを終了できるのではと思ったほどです。結局天候の関係で場所を変えざるを得なかったのですが、いずれの駅からさほど離れることもなく自分なりに撮り切った感覚を得ました。良い道具は歩留まりが良い。効率重視の現場でも、本レンズはきっと良い結果をもたらしてくれるでしょう。NIKKOR Z 50mm f/1.2 SやNIKKOR Z 85mm f/1.2 Sと同様ヘビー級ではあるのですが、昨今の基準では違和感を覚えるほどでもなく、全ての負荷を忘れさせてくれる無二の魔力があるのです。これ以上の議論は不要。後は行動あるのみですね。
( 2025.03.07 )
味の好みは人それぞれですが、この味わいは別格。解像重視の方にもボケ重視の方にも、新しい世界を見せてくれるでしょう。
黄色のリングがそそる、ニコン最高峰のフィルター。装着すると見た目もさらに引き締まります。