PHOTO YODOBASHI
ヨドバシカメラ公式オンライン写真マガジン
Lomo LC-A Minitar-1 Art Lens 2.8/32 M
今回ご紹介するMマウントレンズのオリジナルは、Lomo LC-A(1983年発売)というソビエト製のコンパクトカメラに固定されていた32mm F2.8の単焦点レンズです。このLC-Aというカメラ、1980年のフォトキナで展示されていたコシナのコンパクトカメラを「コピー」するつもりが、技術的な限界から独自の仕様で製造したという、時代と文化の香る出自となっています。そのレンズによる極端に鮮やかな色彩と不安定な画質でのちに「前衛的」と面白がられ、個性的なカメラとして世界の愛好家に認知されましたが、この面白がった人々があの「Lomographic Society International」の設立者です。つまり、本家の劣化版コピーが写し出す世界が芸術と評価され、世界的ムーブメントを起こすこととなったのです。このレンズ、身も蓋も無い言い方をすれば、強豪だらけのMマウントの中では「色物レンズ」の部類に入るのかもしれませんが、こちらの最新レンズの構成は4群5枚。LC-Aに搭載されていたものは4群4枚なので、ひょっとしたら?という期待もよぎります。が、その前に、付属する分厚いフォトブックのテキストに目を奪われました。
“As Lomographers, our goal has always been to live in the moment - to not let the camera stand between us and the world, rather, use it as an instrument to envelop ourselves in the moment.” (p14)
「私達ロモグラファーのゴールは常に、瞬間の中に生きることです。カメラを私達と世界の間に立つための道具ではなく、瞬間の中に入り込んでいくための道具として使うことです。」
まさに「Lomographic Society International節」。私が知る限り、カメラに付属する書類ではほとんど見たことがない類の、写真で芸術的表現を追求する人が考えた文章です。「突っ立って外から見てないで、状況の中に飛び込むんだよ」と言われているようにも感じられます。魅力的な作例を織り交ぜつつ大切な撮影の心得を切々と説いていて、ある意味どちらが付属品なのかわからなくなるほどに濃厚です。普通、箱を開けたらすぐ撮りに行きたいじゃないですか。でもちょっと待てと。まずは「心のピントを合わせなさい」と言わんばかりの力の入れっぷりなのです。レンズの質量自体は空気のように軽いですけどね。55gなんて、調味料に使うような数字ですよ。M11ブラックだとボディと合わせても600gいかないのです。でも空気のような存在だからこそ、表現活動に没入できるのでしょう。
( Photography & Text : TAK )
ご覧の通り、我々の多くが共有する「高性能」の認識に照らし合わせるとツッコミどころの多いレンズではありますが、「だからどうした?」と聞こえてきそうなほど、とにかくロックンロールな描写です。糸巻き、滲み、流れと収差の百貨店のようですが、世の中に優秀なレンズが何本も存在しているからこそ、この個性的な写りには魔力を感じます。歪曲が気になるなら、Photoshopでは専用のプロファイル補正が用意されているので、現像時に解決できます(こちらはあえてオフで撮影)。滲みや流れは好み次第でもありますが、確かに前衛的ですね。滲みの影響もあってか解像性能は決して高くはありませんが、距離計連動でより厳密にフォーカスできるようになったことで、LC-Aの感覚が染み付いている方は「意外にシャープじゃん」と思われるかもしれません。青っぽさに関しては100%軒先テント由来のもので、レンズの個性ではありません。ただ、その青っぽさに瞬間的に反応して撮ったので、その意味ではレンズの軽快さが生きたと言えるでしょう。
こちらはプロファイル補正オンで現像しています。F2.8にしてはボケ量は多い印象です。中心以外は流れますし周辺もドカンと落ちます。いや、落ちてくれます。色のりも濃厚で、AGFAのULTRAというカラーネガフィルムにも似た派手さがあります。若干マゼンダがかったクラシカルな危うさもいいですね。ちなみにファインダー枠は35mmが出ます。3mm分の余裕でフレーミングも楽ちん、と言いますか、そもそもレンジファインダーで厳密にフレーミングすることも無いので、全く気になりません。しかもこういうキャラのレンズですから、真ん中に写したいものを置いた時点でシャッターを切るくらいで良いと思います。
再びプロファイル補正オフで。奈良は東大寺、転害門を収めてみました。ちなみにこのカット以降は1枚を除き全て「オン」です。オフにした理由ですが、糸巻き型の歪曲のおかげで隅に向かって力強く張り出すように見え、それが天平建築らしいなと。どれだけの枚数の写真が撮られたか想像もつかない被写体、こういうカットがあってもいいですよね。
期待を裏切らぬファンキーな逆光パフォーマンス。被写体は打って変わってシリアスな旧奈良監獄の表門です。「明治五大監獄」のひとつで、1908年(明治41年)の竣工以来、原形を留めているものはここだけなのだそうで、受刑者の更生に特に力を入れてきたことでも知られています。実に立派な建築で、坂を登った先に見えてきた時には感動しました。
絞り込んで東大寺を含む遠景までフォーカスしてみました。ここまで絞ると解像度も目に見えて上がってきます。周辺の落ちはそれほど解消しないようですが、そこを求めてもいないので全く気になりません。濃厚な発色で青瓦の雰囲気がよく出ています。雨が降ってくれればまた違った味が出せたでしょう。旧奈良監獄の帰り道でのショットですが、長崎っぽさを感じました。人、鹿、名刹がひしめく平地ばかりにいると気づかないのですが、周辺は丘陵地でグッとくるポイントが多いのです。
二線ではないが、ちょっとグルグルの気配も。これは第三極のボケ、オルタナティブ・ボケです。ボケ量は予想以上に大きく、周辺の流れがこれまたミステリアスな味わいを加えています。オリジナルのレンズは焦点距離をレバーで切り替える方式で「0.8m、1.5m、3m、無限遠」の4種類から選んでいましたが、距離計連動の本レンズは0.8mから無限遠までシームレスに選ぶことができます。しかもその4つの焦点距離のクリックを残してくれているので、手探りでもピント位置を確かめることができます。こちらは構える動作に入りながら3mに固定し、歩きながら一瞬だけファインダーを見てサッと撮って歩き去りました。速写性に優れたレンズですね。こう見えてピントは来ていて、分離力も意外に高い印象です。明るいところでは滲みが出るのですが、それ自体がオーラのようにも見え、独特の美しさがあります。
こちらが先ほど申し上げたもう一枚の歪曲補正オフのショットですが、悪目立ちはしていません。Hip Hop的に言えば、これは「dope」なレンズです。もはや寸法を調べる気もなくなるほどの薄さも然り。マチの薄いショルダーでも引っ掛かりなく入ってしまいます。
他に合わせるカメラとしては、アダプター経由でSONY α7CシリーズやSIGMA fpなどの小型カメラとの相性も良さそうですね。フィルムカメラならM型はもちろん、Leica CL、Minolta CLEなどのコンパクトなものが楽しそうです。Bessaシリーズも良さそうですよ。中古も高くなりましたね。手放さなければよかった。
描写もフォトブックもぶっ飛んだ、オルタナティブ・レンズ。
「常に持ち歩け」「良い写真とはふとした瞬間、カメラがなかったが故に撮られたことのない瞬間を捉えたもの」「存在するとは知覚されること」「カメラと一緒に働き、カメラと一緒に酒を飲み、カメラと一緒に寝ろ」「ファインダーなんか覗いてないで、尻から撮ってみろ」「考えるな」「立ち止まるな」、、、身に沁みる金言だらけのフォトブック。熟読の価値がありますよ。とにかく、LC-A Minitar-1 Art Lens 2.8/32 Mは、大多数に受け入れられたポピュラーレンズとは一線を画すレンズです。確かに優等生の写りではありませんが、写真はそれだけで撮れるものでもありません。写真は自由であり、千の言葉でも伝えられないことを一瞬で伝えられるパワフルなツールです。そのパワーは、何よりも状況に居合わせることで決まります。その点において、そして印象的な表現力において、本レンズはトップクラスに位置しています。
LC-Aの頃は、故障など国産ではあまり聞かないような色んなエピソードを聞いたものです。もっとも、そのユーザーたちの顔はみんな嬉しそうでしたけどね。とにかく、本レンズは随分と(Lomo的に)おりこうさんになったものだと、しみじみと思います。ただ今回、ボディがライカだったからか、このレンズで撮ったにしては写真がちょっと真面目過ぎたかもしれません。もっと弾けて撮らなければと反省しております。いや、反省という言葉も日本人らしいというか、真面目過ぎですね。フォトブックにはこんなことまで書いてあります。「ルールは無視、人の言うことは聞くな」。人生、どうしても人の言うことを聞かなければならない場面も毎日のようにあります。でも趣味の写真くらい好きなようにやればいいんですよ、徹底的にね。
( 2024.06.27 )
誰がどう思うかではなく、自分はどうしたいのか。Let's rock and roll!
フィルター径もロックな22.5mmです。今は付けていなくても、付けたくなるかもしれません。
軽快なセットにハンドストラップはいかがですか。手首に締め付けられるタイプは不意の落下を防げます。
この手の書籍を読み漁るのもクールです。