Hasselblad XCD F1.9/80mm
Hasselblad X1D-50c用に設計されたHasselblad XCD F1.9/80mmはハッセルブラッド史上最も明るい開放値F1.9の大口径レンズ。レンズ構成は9群14枚で球面レンズのみで設計されています。大口径レンズは収差を抑えるため非球面レンズが使われることが多いのですが、非球面の大口径レンズはボケ味や光源のボケを苦手とすることがあります。このレンズを光学設計と表面処理によって球面レンズのみで設計したことに、ボケ味に対するこだわりが感じられます。そして他のXCDレンズと同じようにレンズシャッターが収められシャッタースピード1/2000秒〜60分に対応、独自のツインAFモーターを搭載し、高速なAFを実現しています。80mmは35mmフルサイズ換算で63mmに相当し、標準より少し長くちょうど人が被写体を見つめた時の切り取り方に近い焦点距離ではないでしょうか。見慣れた風景を少し切り取る、そんなイメージでスナップしてみたいと思います。
( Photography & Text : A.Inden )
春陽麗和
焦点距離80mm、開放値F1.9、センサーサイズ43.8×32.9mmのスペックを考えると、もっとボケの量が多いと思っていたのですが、そこに何があるかがわかる程度の自然なボケ味に仕上げているようです。最近の大口径レンズによくみられる、とろけるようなボケ味ではなく、輪郭を残した自然なボケ味を見ていると少しホッとした気がしてきますね。ピントピークを際立たせるためにボケは重要な要素です。ボケの量を増やして背景をシンプルにすることでその効果を高めることが多いと思われますが、中判センサーのピントの薄さからか自然なボケ方でもピントピークは際立っています。中判センサーの余裕ということですね。あとレンズが驚くほどシャープというのもあると思いますが。
ほとんど開放(シャッタースピードが1/2000秒なので少し絞った作例も入っています)で撮影してみました。桜の大木の作例はピントが深いように感じられますが、一番手前の花にピントを合わせるとそのすぐ後ろの花からもうボケ始め、クリアーな中にも独特の空気感を漂わせています。開放からのピントピークのシャープさは、どのカットからも感じていただけると思いますが、特に犬の作例は言葉に表現できないぐらい見事な描写ですね。
少し絞ってビルの窓越しから下の横断歩道を狙ってみました。少しアンダーな露出ですが、真ん中少し上の黒い傘と路面の分離具合、横断歩道の微妙なかすれ具合の描写を見ていると広い階調が感じられます。画面左下のビニール傘の質感、赤いハイヒールのツヤの再現は素晴らしいですね。
雨上がり、テーブルに残った水滴にピントを合わせ開放で撮影。ピントピークの水滴の透明感、机、椅子のマットな調子と全く異なる質感がしっかりと再現されています。後ろのボケ味も背景に溶け込むことなく椅子の足の原型が感じられます。全体に色のないロートーンな条件ですが、なんとも言えない厚みのある描写です。
ビルのハイライトに露出を合わせて撮影。これぐらい露出差があるとシャドーはかなり潰れてくるのですが、ラチチュードの広い中判センサーのメリットがしっかり生かされ多くの情報が残っています。ビルの直線も太い線から細い線まで繊細に再現されています。F5.6まで絞ると周辺光量落ちはほとんど補正されずに現像されているようです。
結婚式の撮影と横で撮影する二人のギャップが面白く急いで撮影しました。ピントは右側の二人。ツインAFモーターのおかげで素早くピントが合い決定的な瞬間を撮ることができました。決して速いAFスピードではありませんが中判デジタルでここまでの瞬間が捉えられれば十分ではないでしょうか。
中判センサーのメリットの一つは高感度に強いということ。ISO 1600ぐらいだとノイズはほとんどなく通常の感度のように質感が表現されます。ISO 1600に開放値F1.9、中判デジタルで夜景のスナップを三脚なしでサクサクと撮影できる時代になってきたのですね。
- 開放ですが、周辺まで桜の花びらが流れずにしっかりと輪郭を保っています。少し絞ると良くなるという表現はこのレンズに限っては必要ないようです。ただ開放では周辺光量が落ちるので、撮影時のレンズ補正(周辺光量)にチェックは必要です。
- 8枚目の作例をレンズ補正(周辺光量)のチェックを外して純正現像ソフトPhocusで現像しました。これを見ると開放ではかなり周辺光量が落ちているのがわかります。周辺光量の落ち具合で写真のイメージは随分と変わります。自分のイメージでうまく使い分けると面白いと思います。
澄んだ空気感を演出する
焦点距離80mmは6×6判のHasselbladでは標準レンズなので、ブローニーフィルムを使われてきた方には慣れ親しんだ画角ではないでしょうか。実際はセンサーサイズが少し小さく画角はトリミングされますが、パース感は変わらないため標準レンズとして使い込んできた感覚で撮影することができました。やはり中判デジタルに80mmのレンズはしっくりきますね。
大口径レンズの開放でのボケ量は大きく、ピントピーク以外はトロッとボケていくイメージを持っていました。ましてやセンサーは中判サイズ、そのボケ量はさらに大きくなると思っていたのです。しかしその予想は違っていて、開放で撮っていてもピントが深く感じられる不思議な雰囲気の描写をしてくるのです。そうです、XCD 1.9/80mmは澄んだ空気感を演出するレンズでした。ちょっと不思議だなと思いPCで200%まで拡大して見てみると、やはりピントは本当に薄くピントピークを起点に前後にしっかりとボケていたのです。ただそのボケ方が輪郭と立体感を伴っているためピントが合っているように見えていたのです。多くの経験をしてきたわけではありませんが、しっかりとボケ量があるのに、クリアーで華やかに見える描写は初めてではないでしょうか。
中判デジタルでシステムを組む幸せ、今回レンズ3本の試写でそんな幸せを味合わせていただきました。そして、次元の違う描写を味合わせていただきました。ファミリーで使う自動車1台分はかかるかと思いますが、それで最高の幸せが得られるのであれば、なんて考えてしまうことが恐ろしいですね。
( 2019.05.20 )