Hasselblad XCD F3.5/120mm Macro
Hasselblad XCD F3.5/120mm Macroは最短撮影距離43cm、最大倍率1:2。6×6判のHasselblad Makro-Planar 120mm F4の最短撮影距離が80cmですから、随分寄れるようになり、中間リングなしでクローズアップ撮影が楽しめるようになりました。開放値はF3.5、焦点距離は35mm換算で95mm、クローズアップから少し寄ったポートレートまでこなせる使いやすいレンズではないでしょうか。レンズ構成は7群10枚で全て球面レンズで構成されています。そして他のXCDレンズと同じようにレンズシャッターが収められシャッタースピード1/2000秒〜60分に対応しています。少し長めのレンズですがレンズ枚数が少ないためか手にした時軽く感じられました。ボディに装着された姿はコンパクト、さらに総重量はバッテリーも含め1695g(レンズ:970g、ボディ:725g)、中判デジタルを意識しない軽快な試写になりそうです。
( Photography & Text : A.Inden )
そのままのシズル感
高校時代は生物部、大学は植物同好会、いつも100mm F4のマクロレンズを手に自然の中で撮影していました。何年も撮っていると植物を印象的に捉えることは技術で補えることがわかってきました。光を読み、露出を変え、絞りを決めて撮る。今見てもいい写真だなと思うものが残っています。ただ35mmフィルムではどうしても難しかったのが、そのものの持っている「温度、湿度、重さ」を感じさせることでした。
試写をするとき、まず近くで軽く撮ってPCで雰囲気を確認してから本格的に撮り始めます。Hasselblad XCD F3.5/120mm Macroでのファーストカットは滑り台に落ちた桜の花びら。ボケ味を確かめようと撮ってみたのですが、ピントの合っている桜の花びらに目が釘付けになってしまいました。そこにはあんなに苦労した「温度、湿度、重さ」が写し止められていたからです。落ちてきたばかりの湿気を持った花びら、濡れて滑り台に張り付いている花びら、縁から水分を失いかけている花びら、そしてそれらが持っている湿気を含んだ冷たさ。つまりそのものズバリのシズル感が表現されていたのです。このレンズは特徴のある描写をするレンズではないと思います。ただそこにあるものを、そのまま写し止めるだけという、中判デジタルの利点を忠実に再現できるパフォーマンスを持ったレンズではないでしょうか。
クローズアップで見せるシャープさは遠景でも全く変わりません。色の抜けもよくブルーの海に映える白い波頭の描写は素晴らしいの一言です。
サンダルで跳ね上げられた砂粒が 数えられそうです。かなり速いスピードでカメラから遠ざかる方向に動いていたので人物に対しては若干前ピンになってしまいました。本機とレンズの解像力は流石の一言で、200%に拡大して見ても実に先鋭に見えます。したがって、等倍に見る分には人物からは外れているはずのピントも合って見えます。これはレンズの素直なボケ味も影響しているのかもしれません。
日が沈む瞬間の残照が波に反射してきらめく瞬間にシャッターをきりました。決して強い光ではなかったのですが、シャープさと立体感で艶っぽい表現になっています。
夏を待つプールの底の塗料が剥がれていました。日が当たらないローコントラストの光でしたが、塗料の材質まで感じさせるなんとも言えない描写です。この表現はこのカメラとこのレンズの組み合わせだからできたのではないでしょうか。
山の端に入っていく夕日の強い光が当たったステンレスの柵を露出をアンダーにして撮影。シャドーがもっと潰れるかと思ったのですが、手すりの細いシャドーの中にも十分ディティールが残っていました。ここまでラチチュードが広いと、ただ撮影しただけだとシャドーを潰したコントラストの高い表現は難しいのではと感じました。もちろんデータに余裕があるので現像時に表現を作り込むことは可能です。
- 説明はいらないと思います。拡大して素晴らしい写りを確認してください。
- クローズアップは花の作例が多かったので、最短で金属の小物を撮影してみました。それぞれの材質の違いがよく感じられる描写になっていますね。この作例はF8まで絞っていますが、クリックしていただくと開放で撮影したものと比べることができます。XCD F3.5/120mm Macroは開放でもほとんど周辺光量が落ちないので、その様子がわかるように開放撮影はRAWデータをレンズ補正(周辺光量)のチェックを外して現像しています。
優等生のポテンシャル
「本当に整った美しい写りのレンズだな」と、今回3本のXDCレンズを同時に試写してそう感じました。その描写は3本通して同じ傾向で、ラティチュードは広く、階調は滑らか、ピントピークは驚くほどシャープ、ボケ味は形を残してなだらかにボケていく、色再現はクリアーで偏った色の傾向はみられない。つまり欠点が見られない優等生のレンズということです。実は優等生という言葉は、個人的にレビューでは使ってきませんでした。それは、写真には個性が必要だと考えていて、機材はどこかに独自性のようなものがあって欲しいと願っていたからです。
最近のレンズはソフトで補正することを前提に設計されています。そのためどんな傾向で補正されているのかを確認するため純正のRAW現像ソフト”Phocus”を試してみると、写し止められたデータがしっかりしているので、少々数値を変えても全く破綻することなく美しい写真を仕上げることができました。つまり自分の考える写真を作り上げることができたのです。長年プロユースの機材を生産してきたハッセル。機材をプロに提供すると考えた時、全ての条件で様々な描写が再現できる必要があります。そのためには、どのような傾向にも変えられる余裕のある画像データを作ることが求められ、現像までも含め最高に個性的な写真を作ることができるシステムを目指したのではないでしょうか。
さて何度も書いてきましたが、なかなか清水の舞台からは飛び降りることができません。ちょこっと押してみるだけで・・・きっと幸せになれると思うのです。
( 2019.05.28 )