Hasselblad 907X & CFV 100C
カメラを使っていて、これだけ人から話しかけられた経験は久しぶりです。置いてあるだけでそこは風致地区。写真を専門としない人をも魅了するものとは、確固たる哲学に根ざした造形美なのかもしれません。高級感というより高級そのもの。加飾された美しさではなく、哲学を製品に「翻訳」する中で必然的に滲み出た美しさです。哲学は羅針盤のようなもので、失えば時代に流されるだけの筏になってしまいます。機能とデザインの両立。たとえコストが無限であったとしても、必要なものを見極める眼が無ければ実現は不可能でしょう。ハッセルブラッド社ウェブサイトには「デザインの質とは、フォトグラファーと感情的につながり」とあります。実際、箱を開けた時点で一目惚れでした。電源を入れモニターを跳ね上げて覗くだけで、アドレナリンが湧いてくるようです。
( Photography & Text : TAK )
このシステムで撮影するための最小単位は、レンズ、ボディ、デジタルバッグという3つのモジュールで構成されます。上部に「HASSELBLAD」の銘板がある薄い枠のようなものが907Xというボディで、レンズマウント、シャッターボタン、ダイヤル、ホットシューアダプターポートなどが備わっています。その後ろの大きな箱がCFV 100Cというデジタルバックで、1億画素のCMOSセンサーまわり、モニター、ボタン類などがあります。なお、シャッターはレンズ側にリーフシャッターが搭載され(最高速はレンズに準拠)、CFV 100C側には電子シャッターがあります(最高速は1/6000秒)。このボディとバックを分けるモジュラーシステムは、1950年代に始まったハッセルブラッドVシステムの一貫したポリシーで、複数のバックを用意すれば同じカメラでフィルムを撮り終えなくてもカラー、モノクロ間での交換が可能です。そして2020年に5000万画素のCFV II 50Cデジタルパックを備えた「907X 50C」が登場したことで、今度はデジタルとフィルムを使い分けることが可能になりました。その後継が、今回ご紹介する「907X & CFV 100C」です。
このCFV 100Cデジタルバックは、501CMなど往年のフィルムカメラボディにもダイレクトに装着して使えます。フィルムからデジタルまで、これまで活躍してきた様々な機材のメリットを同じシステムで享受できるのです。往年のレンズを使い、これまでのお作法のままファインダーを覗いてデジタルで撮影できるのです。先ほど「機能とデザイン」と申し上げましたが、ハッセルブラッド社が考える機能の核心はこの「互換性」にあるのかもしれません。そしてデザイン。横のクロームラインの繋がり方一つ取っても、全てが同時に設計されたのではないかと思うほど調和が取れています。ここまでの通時性は易々と辿り着ける境地ではないでしょう。では作例をご覧ください。
窓越しの光が大理石のフロアを照らしています。左手前のハイライト。今までの感覚だともう少し飛ぶだろうなという露出で撮ってみたのですが、全く白飛びすることなく、大理石の複雑な模様も克明に捉えられています。公称ダイナミックレンジは15ストップ、色深度は16ビットもありますから、さもありなん。裏面照射型のメリットも大きいでしょうし、1億画素の効き目もこれまた絶大だと思われます。横方向でもより細かいステップで濃淡を表現できるのですから。様々なカメラの画を見てきましたが、このカメラは別格。モニターを覗いた時点で、これはフルサイズセンサーではちょっと見られない画だと確信しました。
三脚で固定して絞り込み、解像性能を見てみました。この距離ならフルサイズでもしっかり捉えることはできます。しかし、優しさとシャープさ、階調とコントラストといった相反する要素をここまでのレベルで両立させた描き込みは、ちょっと見たことがありません。描写のステップがとにかく細かいのです。デジタル音源で言うところのサンプルレートが高く、限りなく現実に近付いている印象です。被写体の質感、反り具合、前後の距離感さえも真に迫る描写です。画面をクリックして、等倍でご覧になってみてください。
こちらも等倍を用意しております。遠距離の木々まで実に綿密な描写です。2400万画素クラスのフルサイズ機だとギスギスしてくる距離ですが、こちらは大排気量のエンジンを静かに回しているかのような余裕を感じます。まあレンズ性能もとてつもなく高いのですが。
霧の雰囲気を出すため、明るめの露出で撮影しています。実は、言葉で説明することすら辛くなってきています。ただただ圧倒的で、もはやうねり声しか出ません。佳境に入ったキース・ジャレットです。こちらも等倍でどうぞ。
透明を描く能力もカメラの実力を推し量る要素ですが、透明度の違いもきめ細かく写し出され、大都市の水道水とは思えぬほどの美しさです。ISO 3200、へっちゃらですね。
質感、色再現、ツヤ。やはり言葉の介入を許さぬレベルです。ちなみに位相差AFで、顔検出にも対応しています。AF自体は暗所で時々迷うこともありますが、スナップもこなせる速さを持っています。
先代のCFV II 50C同様マルチフォーマットに対応していて、スクエアなどはもちろん65:24のパノラミックな比率も選べます。由来は、同社が販売していたX Panというフィルムカメラのフォーマットです。35mm版フィルム2コマ分を使った「真の」パノラマ写真が撮れるレンジファインダーでしたが、同じ世界をこのシステムでも味わうことができるのです。「上下切ったら画素数減るでしょ」ですって? お許しください。5000万画素を超えています。場所は琵琶湖岸、寒風吹き荒ぶ中での撮影でしたが、陶酔感さえ覚えました。
ところは変わって、京都大徳寺にある龍源院です。有難いことに、基本的に撮影OK(一部不可)です。庭に敷き詰められた白砂がレフ板のように室内を照らしていました。天候は曇り時々晴れ。掌にカメラを抱き、客人の気持ちで首を垂れ、一期一会の光を静かに見守る。至高のひとときです。
最大感度のISO 25600まで上げてみましたが、高画素によるノイズへの懸念など跡形もなく吹っ飛ぶ仕上がりです。ピクセルサイズは3.76μmと、CFV II 50Cの5.3µmに比べると小さくはなっているのですが、裏面照射型センサーと巧みな処理(若干ソフト傾向かもしれません)が効いているのでしょうか。これは完全に実用に耐えるクオリティです。等倍もご覧ください。
遠景にもかかわらず雲の距離感まで手に取るようにわかります、というレベルはもはや当たり前なのですが、お話しすることが多過ぎて申し遅れていたことが。このカメラのデータをPhotoshopで開いても、「カメラマッチング」には「スタンダード」しか出てきません。モノクロすらありません。そういえば、カメラのメニューにも「ビビッド」「ポートレート」などのいわゆるピクチャーモード的な項目が存在しなかった気がします。その代わり、「ハッセルブラッド ナチュラルカラーソリューション(HNCS)」という強力なカラーマネジメントシステムが搭載されています。早い話が、一つのプリセットで人間が見たままの色合いが再現出来るシステムです。つまり、メニューに「ラーメン」しかないラーメン屋のように、選ばなくてもベストに辿り着けるのです。今まで撮ってきた風景をこのカメラで全て撮り直したい気分になります。カメラが生成するJPEGはメーカーの思想が最も色濃く反映される要素の一つですが、このHNCSが紡ぎ出すJPEGは控えめに言っても最高の部類です。RAWを使うケースでも、まずはJPEGをご覧ください。
写真人生のハイライトへ
画作りに関しては、これで満足できなければ他の選択肢をどうするか悩むほどのレベルにあると言えます。比較対象自体が見つからないカメラではありますが、唯一のライバルは同じセンサー、EVF、手ブレ補正を備え、今時の操作性を持つX2Dでしょう。操作性に関しては慣れが必要かもしれません。またこちらは手ブレ補正も無く、超高画素ということもあって、手持ち時は速めのシャッター速度を選びたいところです。ただ、手のひらに大事に載せて撮るので、意外にも安定して構えることができます。また、このお辞儀をしてウエストレベルで撮影するお作法が剥き出しの写欲さえも中和してくれるようで、その意味でもある程度のブレ耐性はあるかもしれません。いずれにしても、フルサイズミラーレス機のような万能性を期待するようなカメラではなく、レンジファインダーのように歩き回って瞬間をかすめ取るカメラでもないでしょう。そういう撮り方も出来ますが、これは「見つめて共感する」カメラです。結果は言うに及ばずプロセスの段階で多幸感に包まれ、クリエイティビティを解放するカメラです。こうして試写を無事に終え、お返しする時の寂しさたるや。箱に詰める時、家族に「もう行っちゃうの?」と言われました。こんな経験、初めてです。
- 恐れ多くも御神体の1億画素、43.8x32.9mmの裏面照射型センサーです。息を止めて二拝二拍手一拝させていただきました。なお、先代が備えていた動画機能は省略されました。まあ、そうなりますよね(笑)。
- この電池とCFexpress type Bカードを覆っているシルバーのハウジング、出し入れしても微動だにしません。ちなみに何と1TBのSSDが内蔵されています。そのままガンガン撮れる容量ですし、何よりも「カード忘れ」から解放されるのが嬉しい!タッチ式モニターは40度と90度で確実に固定できますが、動き自体にしっかりとした重みがあるので中間の角度でも止まります。しかも収納時から若干上側を向いているので、そのままでも撮影に移行可能。合理的です。
- ホットシューアダプターに直接フラッシュを取り付けての高速同調撮影も可能です。「907X Optical Viewfinder」を装着すれば、明るくてモニターが見づらい場面でも光学素通しファインダーを覗けるばかりか、実質ブラックアウトフリーの撮影もできます。ボディ右下部のギザギザのリングには、絞りや露出補正などの操作を割り当てられます。私の場合は、この貴金属のような部品の仕上げがハイクオリティ過ぎて指が滑りました。スーパーの袋詰め台にある薄いビニール袋の口が開けられない方、保湿クリームをご用意ください。
- 正面から見るとほぼレンズ径ほどの大きさで、1億画素機のサイズとは思えません。オプティカルビューファインダーを装着し「XCD 2,5/38V」や「XCD 4/28P」と組み合わせれば、ほぼほぼ「SWC」です。
( 2024.02.16 )