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じゃんけん ジャケ買い ムール貝

じゃんけん ジャケ買い ムール貝
第1回

Terje Rypdal “WAVES”
(2022年3月、東京都千代田区にて発見)

「ジャケ買い」という言葉が今でも通用するのかどうか、ちょっと心配です。

「ジャケ買い」を辞書で引くと、「ジャケットから受ける印象を動機に(音楽を試聴することなく)レコードやCDなどを購入すること。」(大辞林)とあります。はい、その通りです。それがジャケ買いというものです。しかしまだ昭和の時代に、お小遣いの大半を投じて月に1枚ずつLPレコードを買い集めていた私は、この説明のある箇所に、微かな違和感を抱くのです。

音楽を試聴することなく?

あの頃。中身の音楽を聴いた上でレコードを買うなんて、むしろかなり珍しいことでした。だって、買う前に中身の音楽を聴く、その手段がないんですから。流行りの音楽や話題の新譜ならテレビやラジオから流れてくるけれど、小学生の時から洋楽にしか興味がなかったマセガキにはそれも叶わない。例えばエリック・クラプトンという名前を初めて知った時、私は中学2年生でした。なんかすごいギターを弾くらしい。どんな音楽なんだろう? ああ聴きたい。そこで親からもらったばかりの今月のお小遣いを握りしめて近くのレコード屋さんへ行くのですが、エリック・クラプトンの棚の前で、私は途方に暮れたのです。いっぱいあるじゃん・・・。クラプトン名義のものに加え、クリームとかいうバンドのやつとか、デレク&なんちゃらとか、誰かと一緒にやったやつとか。今ならスマホを取り出して最初の1枚に相応しいのはどれか、情報を集めることができますが、まだインターネットもパソコンもない時代。結局、自分の判断でここから1枚を選ぶしかないのです。しかしどうやって? 2時間ぐらいそこにつっ立ったまま、あらゆる角度から吟味検討を加えるわけですが(1ヶ月のお小遣い3千円のうちの2千5百円を使おうとしているのですから当然です)、やっぱりよくわかりません。なので最後は・・・ジャケットの好みです。そして腹を決めてエイヤッ!と飛び降りるんです。

そうです。ジャケ買いって、(仕方なくとは言え)実はわりと普通にしてたんですよ。それほど特別なことでもなかったんです。そもそも「買い物」という行為自体、かつてはある程度のリスクを伴う、賭けの要素を含んだものでした。今のように情報がないので、自ずとそうならざるを得なかったのです。だからこそ、買ってきたレコードに針を落とす時のコーフン、ワクワク感と言ったら! まぁ、失敗した時のガッカリ感もすごいわけですが。

そして月日は流れ・・・今でも足繁く中古レコード屋さんに通います。ジャケ買いも当たり前にします。しかしこのジャケ買いは、あの頃のジャケ買いとはまったく別物です。今はなんでも事前に調べられます。聴くことも、観ることもできます。実際に買った人の評価だって見られます。そんな風にして買い物のリスクを限りなくゼロに抑えられる現代に、あえてジャケットから受ける印象だけで買い物をしてみる。本来は排除すべき「賭け」の要素を、スリルとして積極的に楽しむ。これはもう、洗練された現代人の嗜み、気品溢れる知的な趣味と言っても差し支えないでしょう。

てなわけで、ジャケ買いしたレコードジャケットをみなさんと一緒に眺めつつ、それについての四方山ばなしなんぞを展開していきたいと思うのであります。とは言っても、自分のコレクションの中から選んで紹介したんじゃあ、一期一会であるはずのジャケ買いのリアリティに欠けるので、毎回、この記事を書くためにジャケ買いをしてくることにします。それがルールその1。そしてルールその2は、いちおうPYはカメラ/写真のサイトなので、写真をあしらったジャケットに限定します。もう今のうちに言っておきますが、大した話はしません。断言します。お忙しい方はこんなもの読むべきではありません。とまぁ、そんな感じで第1回は次のページへ。