PHOTO YODOBASHI

ヨドバシカメラ公式オンライン写真マガジン

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エリア510
Volume 1

510と申します。

フォトヨドバシの編集部はいったい何を考えているのだろうかと、少々不安です。

僕に定期的に登場して欲しいというオファーをいただきました。どんなことでも声をかけてもらえるのは有難いことです。自分にできることなら喜んで協力したいと、基本的には思っています。ところが「何か文章を書けばいいのですか?」という問いかけに「もちろん文章も書いてもらいますが、毎回ではありません。他にも色んなことをやっていただきます」と担当者。「例えば?」と訊き返すと、ニヤリと不気味に笑って「それはこれから考えます」と・・・不安しかないじゃないですか。

あ、紹介が遅れましたが、後藤哲朗と申します。今年の6月にニコンというカメラメーカーをリタイアしました。でも本名を名乗るのは、これを最初で最後にします。編集部のみなさんに倣って「510」という四股名を考えましたので、今後はこちらで参ります。どうぞよろしくお願いします。

そんな感じで未だに頭の中が「?」でいっぱいではあるのですが、「ニコンを卒業された “新生510” さんの、名刺代わりとなるようなものを、まずは書いてください」というので、今こうしてキーを叩いているわけです。

メディアへの寄稿は初めてではありません。もう15年ほど前ですが、あるカメラ雑誌でエッセイの連載を10ヶ月続けたことがあります。もしかしたらご記憶にある方もいらっしゃるかもしれません。しかし、ちょうどその頃は会社人生で最も忙しく、そして最もつらい時期でした。発売したばかりの製品が上手く行かず、あちこちのお客様から叱られ、その一方で責任だけは重く、体重がみるみる減っていきました。

それなりに給料も上がったのでなんとか耐えられた、というのが正直なところです。今でも思い出しただけで胃が痛くなります。お金をもらうって本当に大変です。そんなドタバタの中にあっても毎月原稿を書き、それに合わせた写真まで撮っていたのですから、リタイアした今ならぜんぜん余裕!と思ったのも、この話をお受けした理由の一つではあります。

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体重の急減もさることながら、こんなに長期間、体重の記録をつけ続けていることにみなさん驚かれます(笑)

しかし今、本当にヒマかというと実はそうでもないのです。インターネットで真夜中まで映画を鑑賞。当然、起きるのはお日様がだいぶ高くなってから。未だに結構な回数の宴会がありますから、夕方になるとシャワーを浴び、ヒゲを剃っていそいそと出掛けて行きます。そんな生活をホストか新宿二丁目のママのようだと話したら、「ホストはもっといい男。二丁目のママはもっと美人」と。ごもっともです。宴会の無い日は無い日で、テレビを眺めながら昼間からビールなど飲んだりしておりますと、あっというまに夜です。そろそろネットで映画を観る時間です。忙しいのです。

冗談はさておき、リタイアして時間はできました。つまらぬシガラミも無くなりました。まさに解き放たれたわけです。今までやりたくても出来なかったことがたくさんあるので、それをどう片付けていこうかと思案する日々です。楽しくて仕方ありません。しかし、「解き放たれた」という実感と同時に湧き起こるのは、「よくこんなに長い間、繋がれ続けていたもんだ」という、後ろを振り返っての感慨です。だって46年間ですよ。誤解のないように言っておくと、ここで言う「繋がれる」というのは会社員というものの属性を表しただけで、いわゆる社畜的な意味じゃありませんよ。その点についてひとことで言えば、とても愉快な会社生活だったと思います。もちろん、楽しい経験ばかりではありませんでした。でも、良いことも悪いことも、ぜんぶひっくるめて「愉快だ」と、46年かけて思えるようになったのです。そんな今だからこそ、僕の「繋がれ始め」のことをちょっと思い出してみるのは、そんなに悪いアイディアではないと思うのです。